色とりどりの応援グッズはプロ野球観戦の「華」――。

中でも「傘」による応援といえば、東京ヤクルトスワローズの専売特許だが、近年、広島カープが期間限定でファンに配布している「赤い傘」が両チームのファンの間で物議を醸(かも)しているのだとか!?

そこで、最新刊『いつも、気づけば神宮に 東京ヤクルトスワローズ「9つの系譜」』を上梓し、大のヤクルトファンとして知られるノンフィクションライターの長谷川晶一(しょういち)氏が前編記事に続きレポートする。


■名物応援団長の発案で生まれた「傘応援」文化

そもそも、どうして巨人の応援を模した「赤タオル」や中日のマスコット・ドアラの耳をモチーフにした「赤耳」ではそれほど炎上せず、ヤクルトの「赤傘」だけが問題となったのか? そこには、「ヤクルトファンと傘」との長い歴史と熱い思いがあるからだ。

人気漫画『がんばれ!!タブチくん!!』にも登場し、ヤクルトの名物応援団長として名を馳せた故・岡田正泰氏。国鉄スワローズ時代から熱心な応援を続けていた岡田さんは、空席の目立つ客席を少しでも埋まっているようにカモフラージュするべく、そして数少ないファンに一体感と連帯感を生み出すべく、傘を使った応援を考案。

ある時、「(今度の)巨人戦に傘を持って来てください!」と試合中に大きくボードを掲げたのだ。そこであえて傘を選んだのは「誰の家にもあって、お金がかからないから」という気配りもあったという。



この件について、生前の岡田さんが発言している場面がYouTubeに残っていた。
ここでは、岡田さんのコメントを「文字」で再録してみたい。歯切れのいい江戸弁が気持ちいい。

「巨人戦に傘を持って来てくださいって言ったんだよ。で、天気のいい日に3人ぐらいが傘を持って来てくれたんだよ。だから現在、神宮球場に子どもたちが傘を持って来てくれるとね、“ありがとよ”って言ってんだよ。カンカン照りの時にビニール傘を持って歩くのはよほど(のこと)だよ」

もちろん、当時は現在のような「応援傘」など販売されてはいない。
それでも、少しずつヤクルトファンは自宅から傘を持って神宮に通うようになっていく。これがいつ頃のことなのか、諸説あってハッキリしないけれど、個人的な感覚では80年代初頭のことだった気がする。

やがて、「緑色のビニール傘」の時代を経て、現在のように多種多様な「ミニ傘」全盛期が訪れた。ヤクルトファンにとって、「傘応援」とは岡田さんの忘れ形見であり、そしてファンが自ら作り出した独自文化なのである。

こうして、長年にわたって育んできた独自文化だからこそ、「赤いシリーズ」に対して、ヤクルトファンは「茶化された」「想いを踏みにじられた」と憤慨。対する広島ファンは「別にいいじゃないか、単なるイベントなんだし」と反論。
あるいは「そもそもトランペット応援もジェット風船もカープ発祥だ!」と騒動はさらに大きくなり、不幸な対立を生み出すことになったのだった。

■来年の「赤いシリーズ」はどうなる?

勘違いしないでほしいのは、この件に関して、個人的には広島ファンに対しては忸怩(じくじ)たる思いは何もない。球場に行って、「無料で傘を差し上げますよ」と手渡されて、さらに「5回裏にはみんなで傘を使って踊りましょう!」と言われれば、誰だってやってみたくなるだろうし、楽しい時間を過ごせることだろう。

ただ、前述した経緯を経てヤクルトファンによる「傘応援」は誕生し、今も大切にしているのだということは記憶していてほしい。

問題なのは、広島球団だ。これに対して、一部の広島ファンからは「カープが勝手にやっているのではなく、ヤクルト球団公認のイベントだ。
文句があるならヤクルト球団に言え」という反論もある。確かにその通りだ。

そもそも、「傘応援」の許諾についてヤクルト球団に許諾する権利があるものなのか、という疑問もあるが、前述したように岡田団長の発案から手作りで育まれてきた「傘応援」という、ファンが大切にしてきた応援スタイルを「他球団に譲渡する権利」を有するのは、はたして球団なのだろうか?

そして、広島球団も毎年毎年、ヤクルトファンからの批判や不満が起きているにも関わらず、なぜここまで「赤傘」にこだわるのか? 中日の「赤耳」、西武の「赤たてがみ」のように、ヤクルトのつば九郎をモチーフに「赤手羽」や「赤燕尾」でも、ご自由に「オリジナルアイテム」を配布すればいいではないか? そのことに対して怒り心頭に発するヤクルトファンは皆無だろう。

3年目を迎え、「赤傘」が少しずつ浸透、定着していく感がある。このままなし崩し的に定番化することについて、僕は危惧を覚える。岡田団長なら「細かいことを気にすんなよ」と言うかもしれない。
それでも、野球は相手チームがあって初めて成立するスポーツであり、相手への敬意は決して忘れてはいけないはずだ。

そして、僕たちファンもまた野球を愛する者として、自軍を応援し、相手に敬意を持ちながら日々の試合を見守っていきたい。グラウンド以外の周辺カルチャーも含めて、「野球文化」であると、僕は信じる。豊かな文化を醸成するためには、少なくとも相手チームのファンが「不快だ」と思うことを球団が率先して行なうことは、厳に慎むべきではないだろうか?

「赤いシリーズ」はファンサービスの一環としては非常に意欲的な試みだし、過去3年間の成果も踏まえて、今後も続けていけばいいと思う。けれども、そのあり方として、今のままでいいのかどうかは、再考の余地があると僕は思うのだ。はたして、来年の「赤いシリーズ」はどうなるのだろうか…。
「赤傘」はなおも続くのだろうか?

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