「恋愛工学」に危機感を持つべきだ 大学生を性暴力に走らせ得る
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千葉大学医学部生3人による女性暴行事件が起き、連日メディアで報道されているかと思いますが、週刊文春の報道によると、容疑者のうちひとりが「恋愛工学」の影響を受けていたとの情報が出ています。

「恋愛工学」の恐ろしさを知って欲しい


「恋愛工学」は、簡単に言えば、男性がより多くの女性とより早く性行為を持つことをゲーム化し、そのテクニックをマニュアル化したものであり、作家の藤沢数希氏が提唱しています。

恋愛工学はそのようなゲームを「自己啓発化」させたことで、コンプレックスを抱く男性の心理を掴み、インターネット上で拡散され、そのメソッドを実践する「恋愛工学生」と呼ばれる人たちを多数生み出してきました。
「恋愛」という名称がついていますが、そこに一般的な「恋」も無ければ「愛」も無く、実態は「セックスゲーム」の方法論です。

その一方で、性暴力やデートDVやモラハラ(=モラルハラスメント)を推奨しているようなメソッドや、いかに女性を支配するか、または女性を支配しやすい状況に持って行くかという視点に立脚したメソッドも散見されるため、女性向けウェブメディアを中心にこれまで様々な批判記事が展開されてきました。ミソジニー(女性嫌悪)の男性が嫌悪感を女性にぶつけるために恋愛工学に陶酔しているケースも多く、彼らの一部が犯罪レベルの行為をネットで投稿することもあり、常に物議を醸していました。

藤沢氏は今回の文春の報道に対して、性犯罪を推奨するものではないとの旨の反論をブログで述べているものの、性行為の同意を渋る女性に対して男性器を押し付けることを推奨するテクニック「トモダチンコ」のようなものも恋愛工学メソッドの中にはあり、明らかに問題があると言えます。表現の自由を超えて、性暴力教唆であると見なしても良いのではないでしょうか?

藤沢氏は「たった一度の快楽のために大きな代償を伴う性犯罪を犯す、というのはむしろ恋愛工学とは真逆の考え」とも述べていますが、それはつまり性暴力自体が良くないのではなく自分に代償が生じるから問題だということであり、万が一快楽のほうが大きいと感じた場合や隠ぺいできそうな場合は暴行しても良いということだと捉えることもできます。


ナンパに対する印象で感じる危機意識のギャップ


恋愛工学の問題性を指摘する記事は既にたくさん出ており、その詳細は既存記事に任せるとして、ここで私が訴えたいことは、本来子供や学生の安全を守るべき立場にある人たちが、このような実情を知らないことに対する非常に強い危機感です。

まず、お聞きしたいのですが、「ナンパ」についてどのような印象をお持ちでしょうか? おそらくイメージは人それぞれですが、基本的に若い女性ほどナンパに対して嫌悪感を示す人は数多くいます。
それは近年のナンパがゲーム性やミソジニー(女性嫌悪)を強め、悪質化しているからです。また、暴言を吐かれる等の迷惑行為を受けたケースだけでなく、ナンパを通じてレイプ、強制わいせつ、暴行、盗撮、ストーカー、脅迫等の被害に遭うケースも出ているのが現状です。

先述した恋愛工学もナンパを主戦場の一つとしているだけでなく、「PUA(ピックアップアーティスト)」を自称する人たち等、悪質なナンパを繰り返す人が非常に目立つようになりました。今やナンパに注意しなければならないというのは、「お菓子を渡す見知らぬおじさんに着いていってはいけません」というのと同じくらいの問題です。「ナンパも出会いの場の一つだと思う」「声をかけられたってことは私も女として見られたってこと!?」というのは、とうの昔の話に過ぎないのです。

近年、居酒屋等が路上でキャッチすることを禁止する自治体は増えてきていますが、それ以上にナンパに恐怖心を抱いている女性は半数以上に達しています。
お金よりも自分の体そのものが狙われるのですから当然です。それゆえ、私は常々、駅や路上等の公共空間でのナンパ行為に関しては、キャッチ同様に「迷惑防止条例違反」の対象とするべきであると述べています。

ところが、それを訴えてもナンパに対して軽いイメージしか思っていない人には必要性が理解してもらえず、とても残念に思うことが非常に多いです。「恋愛工学?何それ?」「ナンパくらいにとやかく言う必要は無いでしょ」くらいに感じている人が非常に多いことに、愕然としてきました。

問題意識の低さが繰り返す悲劇


そのようなこともあり、週刊文春が今回の事件に関して加害者を暴力行為に導いた可能性のあるものの一つとして恋愛工学の問題まで掘り下げたことは大変意義があることだと思います。

先日、とある大学教員の方から聞いた話によると、既に週刊文春の報道をとても問題視しており、予防啓発するべきという意識を強く持っているとのことでした。大変情報感度が高く、しっかりと実態を掴めていらっしゃる素晴らしい方だと感じましたし、そのような動きのきっかけを作った週刊文春の報道も賞賛したいと思います。


ただし、そのような意識を持っている人はほんの一部であり、多くの教育者が恋愛工学の存在自体も知らないことでしょう。たとえるならば、アルカイダやISの存在すら知らずに「テロはやめましょう」と言っているようなものであり、事件を防ぐための第一歩すら踏めていない状態なのです。

もちろん知らないことを責めるつもりは一切ありません。個人に責任は無いですから。ですが、恋愛工学やナンパ悪質化の問題を訴えてもほとんど問題視しない社会が、そのような違法行為や迷惑行為を蔓延らせて、ひいては千葉大学のような性暴力事件に至らしめた遠因であると思いますし、そのような社会構造に対してぜひ問題意識を持って欲しいのです。

最近ですと、小金井市女子大生ストーカー刺傷事件がありました。
この事件はSNSストーカーを警察が軽視したことで起こったとも言えます。そしてその背景には「表に出る活動をしているんだからストーカーに悩まされることくらいあるでしょう」という被害者の訴えをかき消す社会の雰囲気があるわけです(残念ながらこの事件以降も被害を訴えたアイドルに対してそのようなことを言う警察がいるようですが…)。

千葉大学の事件も、メディアを賑わすセンセーショナルな事件が起こったがゆえに週刊文春が恋愛工学の問題を取り上げたわけですが、結局はこのような事件が起こらないと問題意識が芽吹かないということをまた繰り返してしまっているのだと思います。

性教育のあり方を根本から見なすべきだ


これまでの性教育は、主に女性に対して「望まぬ妊娠や性感染症やデートDVに気を付けましょう」という視点にかなり偏ってきたと思います。もちろんそれもまだ日本の現場では十分ではありませんが、男性が加害者にならないための教育が圧倒的に不足しているのです。

「性暴力はやめましょう」と表面的なことでは何の抑止力にもなりません。
男性がどのようにしてミソジニー(女性嫌悪)に陥り、認知が歪み、性暴力に手を染めてしまうのか。そのようにならないためにどうすれば良いのか。とりわけネットやサブカルコンテンツを中心に今どのような「危険思想」が存在し、それのどこがどのように問題なのか。それに染まらないためにはどのようなリテラシーを身に着ければ良いのか。そういう「加害者予防教育」が絶対的に不足しています。一刻も早く大学や、それに至るまでの教育課程でもしっかりと予防啓発教育を実施するべきでしょう。


ただし、私も今回の事件が発覚する前から、実際に性教育を行っている医療従事者や教育関係者向けに、恋愛工学の問題や加害者予防教育の必要性をお伝えさせて頂くこともごくたまにありますし、拙著『恋愛氷河期』の中でも恋愛工学の問題は取り上げているのですが、残念ながらこのような問題に意識を持ってくださっている意思決定権者は非常に少なく、それゆえ加害者予防教育を学校で実施しようにも、教育できる人が圧倒的に限られているのが事実です。

ぜひ、「教育者の教育」を行う体制も一刻も早く整備して、とりわけ最新の問題に対してアンテナを張っている若い人材もフルに活用して、二度とこのような事件が起こることのないように、全ての教育関係者が全力をあげて取り組んで欲しいと願います。そしてもちろん社会に生きる一人一人が性暴力に繋がるような兆候を軽視せず、「このような思想がはびこる状況を放置していたらまずい!」という想像力を働かせることが不可欠だと思うのです。
「恋愛工学」に危機感を持つべきだ 大学生を性暴力に走らせ得る
私の書籍と藤沢氏の書籍が隣に並んでいるが思想は完全に真逆です

(勝部元気)