交通事故で両親を亡くした小学6年生の「おっこ」こと関織子は、花の湯温泉の旅館「春の屋」を営む祖母と一緒に暮らすことに。さらに、春の屋に住み着いているユーレイのウリ坊に頼まれて、跡取りがいない春の屋で若おかみとしての修業を始めることになった。
明るく元気で誰とでも仲良くなれるおっこは、春の湯を訪れる人たちに喜んでもらうため奮闘。空回りすることもあるものの、ウリ坊や、同じくユーレイの美陽、小鬼の鈴鬼にも支えられながら、少しずつ若おかみとして成長していく。

累計発行部数300万部越えの人気を誇る令丈ヒロ子の児童文学『若おかみは小学生!』(絵:亜沙美)が劇場アニメ化され、映画『若おかみは小学生!』として9月21日(金)に公開。今年4月から放送中のテレビアニメ版とは別の作品として、物語の始まりから改めて描かれており、原作やテレビアニメ版を知らない人でも楽しめる映画となっている。

エキレビ!では、『茄子 アンダルシアの夏』以来15年ぶりに劇場アニメの監督を務めた高坂希太郎監督にインタビュー。ネタバレ無しの前編と、ネタバレ有りの後編(9月28日公開予定)の2部構成で、3年以上の制作期間をかけて、高坂監督が作品に込めた思いへ迫っていく。

映画「若おかみは小学生!」高坂希太郎監督「小学生の可愛らしさを意識的に表現」
9月21日(金)、全国ロードショーされる映画『若おかみは小学生!』。映画『茄子 アンダルシアの夏』や、その続編のOVA『茄子 スーツケースの渡り鳥』などで知られる高坂希太郎が監督を務めている

映画では一人の少女の成長にスポットを当てて描いた


──資料によると、映画『若おかみは小学生!』の制作作業が始動したのは、テレビアニメ盤の本格始動より約1年も早く。高坂監督が制作スタジオのマッドハウスに入って作業を開始したのが2015年6月となっています(テレビ版は2016年7月に脚本作業を開始)。それから3年3か月、ついに公開となりますが、今の心境は?

高坂 なんとか終わって良かったです。かなり過酷な現場で、机の上には常にうずたかく仕事が積まれ。特に終盤8か月は家に帰ることもできず仕事漬けだったので、やっと解放されたなと(笑)。作っている最中は、(期限までに)終わらないんじゃないかと思ったことも多々ありましたから。

──制作初期を振り返っていただきたいのですが。
監督を務めることになった際、「こういう作品にしたい」と最初に考えたことを教えてください。

高坂 旅館業はお客さんのために行動する仕事なので、おっこは「本当の自分を分かって欲しい!」みたいな自分個人の思いをあまり表立っては出してこない主人公なんです。(主人公の)自分探し的なものを描く作品も魅力的ですが、それとは少し違うアプローチをしているのが原作の特色でもあり面白いところでもあるので、その魅力を1本の映画の中で最大限見せられる物語にしたいと思いました。

──本作は、原作の象徴的なエピソードをセレクトして描くだけではなく、オリジナル要素も加えて、おっこの成長物語として独立した作品にもなっていますね。

高坂 原作のある部分をセレクトして描くやり方はテレビシリーズでやっているので、違いを出すことも考えて、映画では一人の少女の成長にスポットを当てて描くべきかなと考えたんです。ただ、最初にシナリオができた段階で、脚本の吉田(玲子)さんに「この内容で90分に収まりますか?」と聞いたら「難しいと思います」と言われ、これは覚悟してかからなくてはいけないなと思いました(笑)。

映画「若おかみは小学生!」高坂希太郎監督「小学生の可愛らしさを意識的に表現」
花の湯温泉の旅館「春の屋」で若おかみをすることになった主人公のおっこ。両親を亡くした悲しみを周囲には感じさせることもなく、明るい笑顔と優しい気づかいで、春の屋を訪れる人々をもてなす

──大勢のキャラクターが登場しますし情報量は多いと思うのですが、展開がせかせかとしていたりすることもなく、無理矢理に詰め込んだような感覚はありません。90分の作品として収めるために、どのようなことを意識されたのでしょうか?

高坂 複数のファクターを重ねて描くことは意識しました。例えば、シナリオでは3つのシーンに別れているところも全部一つのシーンにまとめて、省くところは省き。一度で三度美味しいような展開にして組み上げていきました。そうすることで、なんとか90分の中に収めることができた形ですね。それでも、盛り込みたいけれど、残念ながら削らざるを得なかったこともありましたが。


今の星蘭さんでなくては出せない子供の声で演じてもらえた


──主人公おっこの印象や、アニメとして描く際に意識したことなどを教えてください。

高坂 ある種、接客の天才ではあるのかなと。さらに、本当に人のために行動できる子で、考えるよりもまず行動。そういう人間像は意識して描きました。あと、子供ってすごくエネルギッシュだから無駄な動きも多いんですよね。小学6年生の女の子なので、同じ年の男の子よりは少しませていると思いますが、それでも子供らしいエネルギッシュな存在として、ぴょんぴょん跳ねたり、表情がくるくる変わったりといった可愛らしさは、すごく意識的に表現したいと思いました。(作画の)枚数もかかって大変なんですけどね(笑)。

映画「若おかみは小学生!」高坂希太郎監督「小学生の可愛らしさを意識的に表現」
おっこを演じるのは、子役として数多くのCM、ドラマなどに出演している小林星蘭。『I LOVE スヌーピー THE PEANUTS MOVIE』の吹き替え版ではサリー・ブラウンを演じた。現在は中学2年生

──おっこ役には、子役として活躍しているものの声優経験は少なかった小林星蘭さんを抜擢されていますが、キャスティングのポイントは?

高坂 オーディションの時は実際に小学生だったのですが、声が奇麗で芝居も上手だったので、この子しかいないと思いました。映画の方では少しシリアスなシーンも多かったので、上手く演じてもらえるのかなという不安も少しあったのですが、まったくの杞憂に終わりましたね。なおかつ、今の星蘭さんでなくては出せない子供の声で演じてもらえましたし、本当に奇跡のような出会いでした。

──おっこのおばあちゃん(関峰子)も、優しさと厳しさを兼ね備えた魅力的なキャラクターで、一龍斎春水さんのお芝居も素晴らしかったです。

高坂 (両親を亡くした)おっこにとっては親代わりなんですよね。おばあちゃんはおばあちゃんで、実の娘を亡くしているわけだけれども、孫を引き取ることで、これからは親にもなっていかなければいけない立場。
そのあたりの関係は微妙でもあるので、優しくも厳しいというバランスは気を使いました。おばあちゃん役に関しては、オーディションはやっていません。僕は、『宇宙戦艦ヤマト』のファンでしたから、森雪役の麻上洋子さん(一龍斎春水の旧芸名)といえば憧れの方でもあるんですよ。それに、原作者の令丈(ヒロ子)さんも、かつて「宇宙戦艦ヤマト ファンクラブ」に入っていたそうなので、喜んでくれるかなと思って。まあ、それは冗談ですけれど(笑)。ぜひ一龍斎さんにやっていただきたいと思っていたのでお願いしたところ、受けていただけました。ソフトだけれども、言う時にはビシッと言うところのバランスもすごく良かったと思います。
映画「若おかみは小学生!」高坂希太郎監督「小学生の可愛らしさを意識的に表現」
春の屋を切り盛りしている女将で、おっこの祖母の関峰子。本作とテレビ版は一部のスタッフを除き、異なる体制で制作しているが、おっこや祖母らメインキャラのキャストのほとんどは両作品に出演

リアルな背景よりも少しカラフルな背景に


──児童文学のアニメ化ということで、特に意識したことがあれば教えてください。

高坂 令丈さんは、原作の絵を描かれた亜沙美さんとの共同作業でキャラクターを作ったり、コスチュームを考えたりしていたそうなんです。だから、令丈さんが物語を書く上で、亜沙美さんの絵は常に頭の中にあったと思うんですよ。その原作を読んできた読者が、この映画のターゲットでもあるので、できるだけ亜沙美さんの絵を活かしていく方向でと考えました。亜沙美さんの絵を活かしていく方向だと、リアルな背景よりも少しカラフルな背景の方が(キャラクターに)合うんです。美術監督(渡邊洋一)にも、実際の色より少し彩度の高い方向に振って欲しいとお願いして、絵作りをしています。あとは、児童文学なので、刺激的な表現は意識的に避ける方向にしました。

──本作のスタッフリストには「キャラクターデザイン」という役職がクレジットされていません。資料によると、高坂監督がイメージボード(制作初期に作品の象徴的なシーンなどを描く絵のこと。その後の作品制作の指針となる)を描かれたそうですが、その際にアニメ用のキャラクターもデザインしたのですか?

高坂 限られたスタッフで制作した作品ということもあって、今回、キャラクターデザイナーはいないんですよ。僕が描いたイメージボードの絵も、実際の本編の絵とは少し違うんです。だったら、どうしたかと言えば、(原作の出版元の)講談社さんにお願いして、原作の15巻から20巻までに収録されている亜沙美さんのイラストのデータを送っていただいて。それを作画スタッフに配り、「こういう方向で」と伝えて参考にしてもらいました。
映画「若おかみは小学生!」高坂希太郎監督「小学生の可愛らしさを意識的に表現」
イメージボードの絵を使った第1弾ポスタービジュアル。高坂監督はトップクラスのアニメーターとしても知られ、『もののけ姫』『風立ちぬ』など数多くのスタジオジブリ作品に作画監督として参加した

──この映画用のキャラクター設定は存在せず、原作の絵を資料として活用したのですか。原作の絵を活かす方針だったからこそできた制作方法ですね。

高坂 それでも、やっぱり難しかったですね。僕はこんなにも目の大きなキャラクターを描いたことがなかったんですよ。(資料を)見ながら描くと時間がかかるので、頭でイメージを覚えておいて描くのですが、そうすると「目が大きい」という印象だけが暴走してしまって、目がどんどん大きくなっていくんですよ。だから、一度描き終えてから、目を小さく修正していく作業をたくさんやりました(笑)。
(丸本大輔)

後編に続く

【作品情報】
『若おかみは小学生!』
9月21日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷他全国ロードショー

原作:令丈ヒロ子・亜沙美(絵)(講談社青い鳥文庫『若おかみは小学生!』シリーズ)
監督:高坂希太郎、脚本:吉田玲子、音楽:鈴木慶一 他
キャスト:小林星蘭、水樹奈々、松田颯水、薬丸裕英、鈴木杏樹、ホラン千秋、設楽統(バナナマン)、山寺宏一、他

主題歌:藤原さくら「また明日」(SPEEDSTAR RECORDS)
製作:若おかみは小学生!製作委員会
アニメーション制作:DLE、マッドハウス
配給:ギャガ
劇場版公式サイト:http://www.waka-okami.jp/movie/

(C)令丈ヒロ子・亜沙美・講談社/若おかみは小学生!製作委員会