連続テレビ小説「半分、青い。」(NHK 総合 月〜土 朝8時〜、BSプレミアム 月〜土 あさ7時30分〜)
第16週「抱きしめたい!」第94回 7月19日(木)放送より。 
脚本:北川悦吏子 演出:田中健二

94話はこんな話


鈴愛(永野芽郁)と涼次(間宮祥太朗)の新婚生活がはじまったが、涼次が結婚資金を映画に使ってしまったことが判明する。

小ネタいろいろ


光江(キムラ緑子)のお茶による歓迎が終わり、三おばと鈴愛が対面する。
繭子(亡くなった涼次の母)、光江(キムラ緑子)、麦(麻生祐未)、めあり(須藤理彩)・・・まみむめも・・・から名前がつけられていた。
「も」だけいない。
めありは画家メアリー・カサットからとられたという。
メアリー・カサットは印象派の画家で、母と子をモチーフにした絵がとりわけ有名。いろいろな病を抱えて絵を辞めたことや影響を受けたドガとの関係など、偉大なる画家・カサットの人生と鈴愛の人生とはリンクするのだろうかと妄想をくすぐられる。
ちなみに、光江と鈴愛のお茶の場面が「不思議の国のアリス」の“3月うさぎ”のお茶会のオマージュらしい。
3月うさぎのお茶会は時間が止まってずっとお茶会が続いている。
ディズニーランドのアトラクションはくるくる回るティーカップ。このレビューで何回も指摘している回るモチーフがまたしても登場した。
「半分、青い。」94話。驚愕、妻の悲しい吐露を聞かずに襲いかかろうとする夫
不思議の国のアリス (新潮文庫) ルイス キャロル

それよりなにより、意地悪な光江にへこたれず「ブッチャー」と呼んでいいですか? と返す鈴愛のタフさに感心。
そこでひさしぶりにブッチャー(矢本悠馬)が登場したが、余韻なく場面がタイトルバックに切り替わった(この手法、よく使われていますね)。

すごい名場面


さわやかな星野源のタイトルバック明け。
夜、新居で枕を並べて、トタン屋根に落ちる雨音を聞きながら、鈴愛が片耳の聞こえないことが「ほんとうにつらくて」と話をしていると、感極まって「鈴愛ちゃん!」と襲いかかる涼次。

「アホなの」とはたく鈴愛。
ヒロインの片耳失聴への自己憐憫が、新婚男子の性欲にかき消されんとする現実的な描写には震えた。
これはある意味、「人間だもの」を見つめた屈指の名場面である。
もっとも、せっかくの新居がトタン屋根(なんと倉庫だった)で雨音が激しくうるさいことも本当にいやだったのかも。

さらには、93話でふだんはほぼ何もできない鈴愛がお茶のお点前をやけにうまくこなしていた理由は、お茶をやっているヒロインの漫画を描こうとして一ヶ月体験して習得したからと明かされることも皮肉めいている。
「半分、青い。」を3ヶ月見てきた視聴者は、後出し構成が多いことに慣れてきて、今回のこれもなんとなく想像できたと思うが、こういう描き方もある種のメタフィクションであろう。


そんなやりとりの後、鈴愛が逆に涼次に迫り、色っぽい流れにはなるのか・・・と思ったら、違って、鈴愛は鈴愛と楡野家からの結婚資金を元住吉(斎藤工)の新作の製作費の補填に当ててしまったことを暴きだす。

永野芽郁が94話の斑目(矢島健一)の長台詞を早口でパーフェクトに語ったことがすばらしかったことと、
鈴愛が子供のときからの名残で隣に眠る人に左足をくっつけて眠る独特の姿と、翌朝の、涼次のフレンチトーストが美味しそうだったこと(鈴愛にだけでなく三おばにも作って出勤する涼次が“ビューネくん”過ぎる。なお、拙著「みんなの朝ドラ」にも書いている朝ドラヒロインの相手役が、働く女性を癒やす“ビューネくん”的であることは、16年「あさが来た」の新次郎のキャラクター造形に由来し、最終回レビューで書いている)と、「追憶のかたつむり2」の制作現場の昼時の喧騒のリアリティーが印象的な94話だった。

涼次がお弁当二種類ありますと大声で伝えているところなどほんのわずかのシーンにもかかわらず、漫画作業の現場よりもなんとな〜く説得力があった。間宮祥太朗が実際現場で制作担当がお弁当を配っている姿を見ているからこそだろう。知っていることを描くこととよく知らないままに表面的になぞることではこうも如実に温度差が出てしまうとはおそろしい。
映像に限らず何にしても嘘はつけないものである。
(木俣冬)