5月15日、東急田園都市線青葉台駅で痴漢を疑われた30代男性が線路に飛び降り、列車に跳ねられて死亡する事故が起きた。

今年3月、JR埼京線で痴漢行為を指摘された男性が線路に降りて逃走したのを皮切りに、都内で同様のニュースが相次いでいる。
5月11日にはJR新橋駅で男性が線路上を逃走し、朝のラッシュに大きな影響を与えた。5月12日にはJR上野駅で男性が改札を突破して逃走し、その後近くの雑居ビルから転落死している。

逃走した男性は、痴漢をしたかもしれないし、していないかもしれない。「冤罪」の可能性もある。痴漢を疑われたらどう行動すればいいのか、警察に引き渡されたら無罪を証明できるのか……。Twitterで「痴漢冤罪」「痴漢申告」がトレンド入りするなど、ネットでは痴漢冤罪が大きなトピックとなっている。


痴漢冤罪の対応には専門家でも意見が分かれているが、ここでひとつの事例を紹介したい。今から半年ほど前、痴漢冤罪を経験した男性に話を聞いた番組がある。Eテレ『ねほりんぱほりん』、「痴漢えん罪経験者」の回(2016年12月7日放送)だ。
「ねほりんぱほりん」痴漢冤罪経験者の回を改めて振り返る「ここじゃなんなんで、駅事務所行きましょう」
『ねほりんぱほりん ニンゲンだもの』(マガジンハウス)番組内容や制作秘話などを収録した番組本が6月29日に刊行予定。「偽装キラキラ女子」「地下アイドル」「元薬物中毒者」など攻めたゲストがよみがえる。2017年3月に放送終了。「シーズン2」があるとかないとか……。

刑事「おーい!こいつローンがあるんだってよ!」


『ねほりんぱほりん』はMCのYOUと山里亮太がモグラに、ゲストがブタに姿を変え、赤裸々トークを展開する人形劇。この日のゲストはキヨシさん(仮名 53歳)。通勤電車で痴漢の疑いをかけられたのは16年前のこと。乗り換えのためにホームに降り、階段の前に来たところで女性に肩を掴まれ「こいつ痴漢!」と叫ばれた。
もちろん覚えはない。

キヨシさん「駅員が『ここじゃなんなんで、駅事務所行きましょう』と」「こっちもそんなこと言われたから『この野郎!』って思ってるわけですよ。他の所に行って思いっきり言ってやろうと」

場所を移して論破しようと思ったが、駅事務所に着いても駅員は事情を聞かず、そのまま警察に通報。問答無用で駅事務所から交番へ、交番から警察署へと連行されてしまう。薄暗い取調室で待っていると、デカいサングラスとデカいマスクをした刑事が入ってきた。

YOU「やだ、わたし爆笑しちゃうかも。
そんなの出てきたら」
山里「コントかと思っちゃいますよね」

「こっちをビビらせる目的ありあり」な刑事の取り調べが始まる。

キヨシさん「A4くらいのバインダーで思いっきり机を叩いて、お前がやったんだろう!って言ってくるんですよ」
YOU 「ねぇうそでしょ。古い」
キヨシさん「いや、ほんとですよ」

どんなに「やってない」と否定しても、刑事は聞く耳を持たない。「痴漢はみんな最初はやってないって言うんだ」「女が言ってるんだから間違いじゃない」「(どの車両に乗ったか)覚えてないってのは女を物色して車両を変えていたからだろ」「(取調室の外にいる刑事に)おーい、こいつローンがあるんだってよ!」「(調書に)電車内で陰部を露出し……」

この刑事だけが一方的な取調をするのだろうか?『ねほりんぱほりん』では他の痴漢冤罪経験者にも話を聞く。10年以上前に痴漢冤罪にあったケンタさん(仮名 54歳)の場合。刑事に「お前パンツの中まで手入れたんだってな?」と聞かれ否定するが……

ケンタさん「『そんでホントのとこはどうなんだよ?』『どうなんだよ?』『どうなんだよ!?』『オレは忙しくてお前なんかに構ってる暇なんかないんだよ!』って言われて……」「何を言っても犯人扱いだったんで、説明しながら涙出てきちゃって。
なんで信用してくれないんだろうって」

留置所に連行されてしまうケンタさん。冤罪を信じてくれたのは、同じく拘留されている別の犯罪者(不法滞在の外国人など)だけだったという。「皮肉なもんだね〜」とワイプの中の山里モグラがひっくり返る。

弁護士「痴漢は男女の敵」


キヨシさんやケンタさんは、痴漢を疑われたときどうすればよかったのか。痴漢冤罪事件に詳しいユウキ弁護士(仮名)にも話を聞く。ちなみにユウキ弁護士もブタの姿である。

ユウキ弁護士「これは非常に、ある意味答えるのが難しいんですね。
例えば、別の客が『この人じゃありません』と本物の痴漢を差し出してくるとかですね、そういうのが無い限りでは、その場で証明するのはきわめて困難です」

本物の痴漢を捕まえない限り、身の潔白を証明することは困難。「弁護士としては非常に申し上げにくい面がありますけど……」とユウキ弁護士は続ける。

ユウキ弁護士「女性から言われたときにですね、『私は違います』と言って、その場を立ち去る。ただ、そのとき手を振り払ったりですね、抵抗したことがあとで暴行罪だとか傷害罪という形で発展しかねないことがありますんで、その場を去りましょうというのは難しいです」

痴漢と疑われ、被害者や駅員に取り囲まれた状態で、穏便にその場を立ち去るのは難しい。ラッシュで混雑したホームならなおさらだ。八方塞がりの回答に、「解決策が無いじゃないですか」とスタッフが食い下がる。


ユウキ弁護士「一番いいのは、間違えられないように注意を怠らない。油断しないということですね」「だから痴漢というのは、よく女性の敵といいますけど、そうではない。男女の敵なんですね」

法務省の平成27年版犯罪白書によれば、2014年に迷惑防止条例違反の痴漢事犯(衣服の上からの接触や盗撮などの行為)の検挙件数は3429件。電車内における強制わいせつ(下着の中に手を入れるなど直接触れる行為)の認知件数は283件。毎日10件以上の痴漢事案が発生していることになる。被害を訴えず泣き寝入りしている女性も含めれば、その数はもっと膨らむだろう。

やってないことを『やってない』と言い続けた父


キヨシさんは2年、ケンタさんは2年半にも渡る裁判で無罪となった。無罪になっても「ちっとも嬉しいって感情じゃない」とキヨシさんは言う。裁判費用の600万円をはじめ、仕事や家族との時間など、2年間で失ったものはあまりに大きい。

番組スタッフはケンタさんに「もし同じ事が起きたら?」という質問をしている。答えは「『やりました』って言っちゃうかもしれないですね」だった。「もう2度とこんな目にあうの嫌ですね」とも。

冤罪経験者のなかには精神的に追い詰められる状況に耐えられず、やったことにして示談金を払い、会社に知られることなく釈放されるケースも少なくないという。これは本物の痴漢にとっては「金で解決できること」なのかもしれない。

「痴漢えん罪経験者」回の後半では、キヨシさんの家族にスポットを当てる。16年前、2人の息子は小学1年生と4歳だった。拘留されていた92日間、キヨシさんは子供に向けて毎日手紙を書いた。会えない日々を絶望しながら。

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きのうはよくねむれましたか?
おかあさんに くっついてねたのですか?
あったかそうだね。
はやくなかまに入りたいな。
お外はさむいけど、おふとんの中はあったかいね。
まくらはちゃんとしてますか。
もうふもちゃんとかけてますか。
いつもよりはやくねむれれば、
あしたのあさはげんきに おきられるよ
おやすみ。
また手紙かきます。
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スタジオには大学院生になった長男が来ていた。呼び込まれ、キヨシさんの隣に(ブタの姿で)座る。「お父さんのこと恨んでない……?」という質問に、「一度もないですね。ずっと尊敬の対象でしかなくて……」と答える。隣のキヨシさんブタがハッと顔を向ける。

長男「やってるわけないと思ってましたし、やってないことを証明するのは難しいとわかってたので、やってないことを『やってない』と言い続けた父は立派だったと思います」
山里「そこを尊敬しているんだ……」
長男「そうですね。それを支えた母も、同時に素晴らしいなと」

自分の信念を曲げず、諦めずに戦い続けた人が、大きな犠牲を払わず済むようにならないだろうか。

(井上マサキ)