30分の短編映画『堕ちる』が面白い。

2016年9月から、映画祭や単発のイベントだけで公開されており「見たいのに見られない映画」として話題になっていた。


満を持して、2017年4月8日(土)からシネマート新宿で1週間の劇場上映がスタート。初日舞台挨拶には、主演の中村まことさん、錦織めぐみさん(Luce Twinkle Wink☆)、監督の村山和也さんが登場した。
「堕ちる」結末にアイドルファンだけが恐怖する
(c)映画『堕ちる』

映画『堕ちる』の舞台は、群馬県桐生市。

桐生織(きりゅうおり)という織物の職人である無口な中年男性・耕平(中村まこと)は、職場と家とを往復するだけの無感動な日々を過ごしていた。

ある日、耕平は地元の床屋でローカル地下アイドルのめめたん(錦織めぐみ)と出会う。薦められるままに地下のライブハウスへ向かい、歌って踊るアイドル・めめたんにガチ恋してしまう。


お前は俺か!アイドルオタクあるある満載


地下のライブハウスに入ると、チケット代とは別にドリンク代500円を請求されて戸惑う。

おまいつ(「おまえいつも居るな」の略で、ライブやイベントにいつも居るファンのこと)らしき男性に「1曲目からお願いしまーす!」と黄色いサイリウムを渡され、使い方がわからず戸惑う。

アイドル現場あるあるだ。耕平の戸惑いは、多くのアイドルファンが通ったであろう「あの頃」を思い出させる。身に覚えがありすぎて笑ってしまう。
「堕ちる」結末にアイドルファンだけが恐怖する
地下のライブハウスでめめたんを見つめる耕平(中村まこと)
(c)映画『堕ちる』

いよいよステージにめめたんが登場すると、耕平の表情が変わる。

無感情だった目は潤ってまっすぐに前を向き、口は熱っぽく半開きになる。
この子を応援しなければいけない、支えたい。そんな使命感が芽生える瞬間の顔。

アイドルファンなら、自分を見ているようで恥ずかしくなると思う。

錦織「ライブハウスで初めてめめたんを見たときの耕平さんの顔が、キラキラと輝いていくところが素敵なんです」

年甲斐もなく恋に「堕ち」てしまうアイドルファンに、素敵と言ってくれる錦織さんが優しい。

織物工場やライブハウスに舞う埃は、序盤ではただのゴミ。でも、耕平がめめたんに出会ってからは、その埃に光が注がれキラキラと輝き始める。
推しメンに出会うことで日常が輝きだすアイドルファンの気持ちが、幻想的に表現されている。
「堕ちる」結末にアイドルファンだけが恐怖する
「内緒だよ……」耕平に囁きかけるめめたん(錦織めぐみ)
(c)映画『堕ちる』

耕平は、めめたんのためにステージ衣装を作り始める。図書館で資料を集め、自分でデザインを起こし、仕事で作っている桐生織を使った着物ドレスだ。

惰性でしてきた仕事とは違う能動的な作業。朝方まで没頭して完成させた衣装は、無事めめたんにプレゼントすることができる。しかし、めめたんがステージで衣装を着てくれることを夢見る耕平に、事件が起こる。


その事件も、アイドルファン、特に地下アイドルファンなら身に覚えのあるものだ。何度も笑いが起こっていた客席が静まり返り、耕平がどうなるのかをハラハラと見守った。

耕平は、ラストまでほとんど言葉を発しない。なのに、耕平の感情がドロドロと観客に流れ込んでくる。そして、最後のあのセリフ。

お前は俺か! と思っているうちに、あっという間に30分が過ぎていた。


アイドルを通して現実を見ているオタクたち


やはり最初は、アイドル映画だと思って見に来る人が多いそうだ。

しかし、見てほしいのは中年男性の耕平の方。

自身もLuce Twinkle Wink☆(ルーチェ)というグループでアイドル活動をしている錦織さんは、めめたんを愛してしまう耕平を通して自分のファンに思いを馳せた。
「堕ちる」結末にアイドルファンだけが恐怖する
劇中で耕平が作ってくれた衣装を着て登壇した錦織めぐみさん

錦織「私のグループのファンの方にも、50代の方がいらっしゃいます。たぶん耕平さんは、めめたんの『東京に行きたい』という夢を自分の夢のように感じていて、同じ夢に向かって進んでいるんだって思ってくれていた。私たちも、ファンの方にそう思ってもらえているのかもしれないと、改めて考えました」
「堕ちる」結末にアイドルファンだけが恐怖する
錦織めぐみさん第一印象は「ちっちぇえな~」だったという中村まことさん

中村「冷静に考えると、50代になってアイドルを応援することに賭けられる日本って平和だな、と思います。
こういう男性は、今すごく多いんだろうなあって。例えば、僕がめめたんを見て『わあ、すごい!』と思ったら『よし、俺も何かやるぞ』と自分で表現する方に動く。でも、ファンの方々はアイドルの人生に自分の人生を重ねていけるんですね」
「堕ちる」結末にアイドルファンだけが恐怖する
めめたんの衣装には群馬県の桐生織がふんだんに使われている

アイドルに人生を重ねていく中年男性の姿。

2017年4月2日(日)放送の「ザ・ノンフィクション その後の中年純情物語」(フジテレビ系)では、地下アイドルを応援する55歳の男性・きよちゃんが取材されていた。

「本人が頑張っているうちは、応援して、見ててあげたい」

そう語っていたきよちゃん。きよちゃんが応援している小泉りあさんは、自分にお金を使ってくれているきよちゃんがご飯を食べられているのかと心配していた。アイドルとファンはお互いを思い合っている。距離が近ければ近いほど、それが実感できる。

中村「耕平は、仕事以外に何も持っていなかった。だけど僕は、彼を特に哀れな人間だとは思いません。耕平自身も自分を哀れなどと思っていなかった。でも、めめたんにのめり込んだことで、自分は孤独だったと気づいてしまったのかな」

アイドルという虚構を見ることで、自分の現実を顧みる。

それは孤独などのネガティブなものだけではなく、励まされて仕事を頑張ることができたり自分のやるべきことを見いだせたりする希望も含まれるのだと思う。
「堕ちる」結末にアイドルファンだけが恐怖する
緊張してしまい、錦織さんに「監督が話すとお客さんがシーンとしちゃう!」といじられていた村山和也監督

村山監督は、アイドルのミュージックビデオも手掛けている映像作家だ。

映画『堕ちる』も、耕平やめめたんの表情や足取りを追うミュージックビデオのようなカットが印象的だった。「その人」にフォーカスする画はドキュメンタリー的にも見える。

現実と虚構のバランスが良い意味で不安定で、映画を見ている方の客観と主観を揺さぶってくる。ある場面では耕平を笑い、ある場面では自分のことのようにハッとさせられる。

スピード感があるのに30分が濃密な時間に感じられるのは、映像によって否応なしに個人の感情をつつかれるからだろう。

村山「僕は、ラストは耕平の『上がり』だと思って作ったんです。でも、アイドルファンの方には、あれは『堕ちた』ととらえる人もいました。面白いですね」

耕平の堕ちた先は天国か地獄か。

アイドルファンの感想はもちろん、アイドルに興味がない人の感想も、そしてアイドル自身の感想も聞いてみたくなる。コメディ映画なのに、アイドルファンだけが戦慄するラスト。ぜひ多くの人に体験してほしい。
「堕ちる」結末にアイドルファンだけが恐怖する
映画『堕ちる』シネマート新宿で4/8~上映中

【シネマート新宿 映画『堕ちる』初日舞台挨拶&トークイベント日程】

★4/8(土) 19:30の回上映後 中村まこと、錦織めぐみ(Luce Twinkle Wink☆) ※初日舞台挨拶

★4/9(日) 20:30の回上映後 宇多丸(RHYMESTER)

★4/11(火) 21:15の回上映後 福原香織(声優)

★4/10(月) 21:15の回上映後 佐々木俊尚(作家・ジャーナリスト)

★4/12(水) 21:15の回上映後 前口渉(作曲家)

★4/13(木) 21:15の回上映後 鈴木亜香弥(衣装デザイナー/スタイリスト)

★4/14(金) 21:15の回上映後 都築響一(編集者)

シネマート新宿 公式サイト:http://cinemart.co.jp/theater/shinjuku/topics/20170321_14166.html


■映画『堕ちる』
「堕ちる」結末にアイドルファンだけが恐怖する
最後に耕平が発する言葉とは……

(c)映画『堕ちる』


公式サイト:http://ochiru-film.com/

予告動画:https://www.youtube.com/watch?v=X6hDtwaheGk

公式Twitter:https://twitter.com/ochiru_film

(むらたえりか)