柳井さんの代表作といえばもちろん、学園ドラマのド定番にして金字塔の「3年B組金八先生」シリーズ。脚本家の小山内美江子さんが金八の母だとすれば、全シリーズでプロデューサーを務めた柳井さんは金八の父なのだ。
2011年放送の「3年B組金八先生・ファイナル〜最後の贈る言葉」(TBS系)でキッチリとシリーズを完結させているとはいえ、柳井さんの死は、金八ファンにとってものすごくショックなニュースだった(ボクも!)。
追悼の意味も込め、そんな柳井満さんの足跡を振り返ってみたいと思う。
「今までとは違う」柳井流ドラマプロデュース術
1958年、TBS(当時はラジオ東京)に入社した柳井さん。当初は報道志望だったらしいが、ドラマ制作部に配属される。
既に「ドラマのTBS」などと呼ばれていたイケイケな時代だっただけに、周りのドラマ制作部の人たちはドラマに一直線で、音楽など他のことにはまったく興味がなかったという。
そこで柳井さんは「先輩と違うことをやらなければ認めてもらえない」「今までとは違ったキャスティングで勝負しよう」と考えた。
「今までとは違った」柳井流のドラマプロデュースが最初にハマッたのがドラマ「愛と喝采と」(TBS系・1979年)。
当時、無名の新人シンガーソングライターだった岸田智史(現・岸田敏志)を、売り出し中の新人歌手という、岸田自身をほうふつさせる役柄で起用したのだ。
結果、岸田智史の演じる新人歌手・武井吾郎が劇中でスターになっていくのとリンクするように、現実の岸田も売れていき、岸田の歌った劇中歌「きみの空」も大ヒットした。
「演劇以外の世界(主にフォーク・ニューミュージック方面)から連れてきた人を役者にする」という柳井流のプロデュースが成功を収めたのだ。
私、今日あるのはあなたのお陰です(武田鉄矢)
その手法をさらに突き詰めたのが「3年B組金八先生」シリーズということになるだろう。
中学校を舞台にした学園ドラマを作るに当たって、柳井が考えていた教師役の条件は、
・音楽業界出身
・二枚目じゃない
・勉強ができそうにない
・中学生から見てアニキと思えるくらいの年齢
というもの。
この段階で、スマートではないけれど生徒たちの悩みに体当たりでぶつかっていく、という金八先生像が固まっていたのだろう。
そんな金八先生役として「演劇以外の世界」から連れてこられたのが、フォークグループ・海援隊の武田鉄矢だった。
1977年の映画「幸せの黄色いハンカチ」で役者デビューを果たし、高評価を受けてはいたものの、役者としてはほぼド新人。
本業の歌手としても、1974年にヒットした「母に捧げるバラード」以降、一発屋状態でヒット作がなかった武田鉄矢を、いきなりゴールデンタイムの主役に抜擢するというのは、かなり思い切ったキャスティングだったのではないだろうか。
ご存知の通り、このチャレンジングなキャスティングは「愛と喝采と」以上に大成功する。
「3年B組金八先生」第1シリーズ(TBS系・1979年)は、強力な裏番組をはねのけ、最高視聴率39.9%というミラクル級のヒットを飛ばして、俳優・武田鉄矢の地位を揺るぎないものにした。
海援隊の歌う主題歌「贈る言葉」も100万枚超えのヒットを記録し、卒業式の定番ソングに。歌手としての武田鉄矢も息を吹き返したのだ。
武田鉄矢は、柳井さんの訃報に接し「私、今日あるのはあなたのお陰です。さようなら、柳井さん」というコメントを出していた。
その言葉の通り、柳井さんの抜擢がなければ、日本を代表する俳優のひとりとなっている現在の武田鉄矢は、間違いなく存在していなかったといえるだろう。
離婚記事を見て長渕剛を抜擢
柳井さんが生み出した、ミュージシャン出身の俳優といえばもうひとり、長渕剛を外すことはできない。
「巡恋歌」「順子/涙のセレナーデ」などのヒットで既に人気歌手となっていた長渕だったが、役者としては、1982年のドラマ「王貞治物語」(TBS系)にチョイ役で友情出演しているくらいで演技経験はほぼゼロ。
そんな長渕を、柳井さんはドラマ「家族ゲーム」(TBS系・1983年)の主役に抜擢したのだ。
しかし柳井さんは、長渕の音楽が好きだった……どころか、それまで存在も知らなかったという。ではなぜ長渕をキャスティングしたのか?
「あと1週間でキャストを決めないとマズイ!」という切羽詰まった時期、電車の中で隣の人が読んでいた新聞に長渕剛の(石野真子との)離婚記事が載っていた。
その記事の写真が、離婚するにしてはやけに明るく嬉しそうで、その顔を見て柳井さんはピンときたのだという。
演技経験のない長渕は、突然のドラマのオファーに最初は渋っていたようだが、柳井さんの「短い(全6話)から失敗しても全然傷付かないから大丈夫だよ」という、前向きなのか何なのかよく分からない口説き文句で出演を決める。
演技力はともかくとして、とにかく異様な雰囲気を放つ長渕の存在感は、「家族ゲーム」の、鉄拳制裁も辞さないクレイジーな家庭教師・吉本のキャラクターとマッチし、高評価を受ける。
主題歌「GOOD-BYE青春」も、長渕にとって「順子/涙のセレナーデ」以来、3年振りとなるオリコントップテン入りのヒット。
長渕はその後、俳優としての活動を本格化させ、柳井さんプロデュースのドラマ「家族ゲームII」「親子ゲーム」「親子ジグザグ」「とんぼ」に立て続けに主演し、自ら歌う主題歌もヒットさせていった。
長渕の代表曲のひとつ「とんぼ」も、柳井さんの抜擢がなければ生まれていなかったのだ。
柳井さんのドラマをもっと見たかった!
意外なキャスティングを成功させ、数々の人気ドラマを生み出してきた柳井さんは、ヒットするドラマの法則を「二段ロケット」にたとえている。
無名なキャストであったとしても、まずはドラマの面白さでその人の魅力を引き出してスターにする。
そして、スターになったその人の注目度で、ドラマの方もさらに盛り上げていく……というもの。
そう考えると、最近のドラマのキャスティングは無難というか……まあ、どのチャンネルのドラマにも似たり寄ったりな人が出演していて、ビックリさせられるような人選というのはほとんど見当たらない。
最近ビックリしたのは、ドラマ版「釣りバカ日誌 新入社員〜浜崎伝助〜」(テレビ東京系・2015年)で、映画版ではハマちゃん役としてお馴染みだった西田敏行が、スーさん役で出演していたことくらいだろうか。
テレビ局も景気が悪く、連続ドラマでコケることは許されない。だから、ある程度数字の読める人気者をズラッと揃えて、最低ラインの視聴率は確保しよう……という事情があるのだろうが、やはりそれでは予想外のミラクルヒットというのは生まれないのではないだろうか。
時に無謀とも思えるようなキャスティングでドラマをスタートさせ、人気作に育て上げてきた柳井満。そんな前のめりな柳井さんのドラマをもっと見たかった……!
(北村ヂン イラストも)
明日公開予定の後編に続く