5月31日の朝、米国ウィスコンシン州に住む2人の少女、モーガン・E・ガイザーとアニサ・E・ワイヤーは、友人を森に誘い出しておさえつけると、用意したナイフで身体や手足を19回刺した。傷の一つは動脈のすぐ近くまで達した。
2人がどくと、被害者は「だいきらい、信じてたのに」と叫んで、よろめきながら道路まで逃げようとした。

2人は通行人に見つからないように被害者を引き倒すと、出血とともに動きが鈍っていくのを確認してから帰宅した。さいわい、被害者はそのあと通りかかった人に発見され、一命を取り留めた。加害者も被害者も、みんな12歳の女の子で、ガイザーはその前日の30日が誕生日だった。

12歳の女の子が起こした刺傷事件というだけでもショッキングだが、この事件が全米の注目を集めているのには別の理由がある。加害者の2人が、アメリカのネットで有名な「スレンダーマン」に気に入られるために、計画を立てて人を刺したと証言したからだ。


アメリカの人気サイト「Creepypasta(クリーピーパスタ) Wiki」にあるスレンダーマンの紹介ページには、外見や行動やその過去まで事細かに書いてある。

外見は背が高く痩せぎすで、手足が異様に長く、黒いスーツと白いシャツを着ている。しかしその上にある頭には、髪も耳も目も鼻も口も無い。胴体から触手や木の枝のようにみえる手が4本以上生やしていることもある。

森に住み、こどもの集団を見つけると近くに出没してさらおうとする。獲物をストーキングすることもあり、移動は徒歩よりも瞬間移動が多い。
プロキシーズという手下を連れていることもある(少女たちは人を殺すことで、このプロキシーズになりたかったと証言している)。

その過去はさらに凄い。ブラジルの壁画、エジプトのヒエログリフ、ドイツの木版画、ルーマニアやイギリスの神話。人類の長い歴史に渡ってさまざまな文書や伝説に、スレンダーマンは登場していたのだ!

もちろん、うそだけど。

「Creepypasta Wiki」は、インターネットで流行する怪談をまとめたサイトだ。「Copypaste(コピーペースト)」というネットに流布する実話かどうか分からないエピソードのうち、特に不気味(Creepy)なものがCreepypastaと呼ばれるようになり、そのままサイトの名前になった。
このことは、サイト内にも明記されている。

スレンダーマンの出自も有名だ。Something Awfulというサイトで2009年に立った、フォトショで超常現象の写真つくろうぜというスレッドで、Victor Surgeという人が作った写真が元になっていて、作者のインタビューもある。iOSでゲームまで出ている

このスレンダーマンがどのようにして2人の少女の人生を左右するまでの伝説になったのだろうか。

creapypastaが満たすべき条件もサイトに書いてある。

逸話 : 話し手が見つけた過去の伝説、ニュースか話し手自身の経験であること。
儀式 : 特定の場所、道具、行動を禁止し、それを破ると非道い目に遭うという制約があること。
失伝 : 関係者が死ぬなど非道い被害が出たせいで、これまで隠蔽されてきたものであること。

これらを満たしたものが人の想像力をかきたてて、みんなでもちよったエピソードが伝説を作る。ワシントン・ポストはその様子をネット上のキャンプファイヤーと表現した。

なるほど、きまりごとを理解していれば、なかなか楽しい遊びだろう。
しかしそれを本気にしてしまう人かいたら、その責任は誰がどう取れるだろう? リアルなキャンプファイヤーなら大騒ぎすると近所から苦情が来たり警察を呼ばれる。しかしネットでそれに気づくのは難しい。

2人の逮捕後、6月2日に記者会見したラッセル・ジャック署長は「保護者は子どもたちのインターネット利用を監視すべきだ」と訴えた。ネタ元として批判を受けたCreepypastaの管理人は「ここは文学のサイトで、狂った悪魔崇拝のサイトじゃない」と答えた。少女たちの家族は突然の事件にただ驚いている。

結局責任を取るのは、信じ込んでしまった2人の少女だ。
2人の少女は、計画殺人の罪で成人扱いの刑事裁判にかけられており、懲役65年、保釈金50万ドルを求刑されている。警察の取り調べに対しては、「自責の念がないのが自分でも不思議」「たぶん間違っていた」「私の中の悪い部分は彼女(被害者)に死んでほしくて、善い部分は彼女に生きてほしいと思っている」などと答えており、今後精神鑑定にかけられる予定である。
(tk_zombie)