「スーパーマリオブラザーズ」のパワーアップアイテムのキノコは、なぜ逃げるのか? ファイヤーフラワーは動かないのに。

詠坂雄二『インサートコイン(ズ)』は、ゲームデザインの謎をめぐる小説。
ゲーム誌のライター柵馬朋康が主人公の5篇で構成される連作短編集である。
ミステリ的には「日常の謎」「日常ミステリ」と呼ばれるジャンルに分類されるだろう。

スーパーマリオブラザーズ発売二十周年で「逃げるキノコは実在した!」という記事の取材に出かけた主人公は、鎌を持った男とすれ違う。その後に、岩場で
“赤黒いものがぶちまけられていた。
大型の動物が解体し持ち運ばれ、掃除が忘れられたとでもいうかのように。”
目撃してしまう。

ところが翌日、同じ場所には、痕跡がない? なぜ?
というのが、最初の「穴へはキノコをおいかけて」における謎だ。
その謎を聞いた流川映(るかわあきら)先輩が、ゲームデザインのしくみを解き明かすのと平行して、謎を解明する。

扱われる「ゲームデザインの謎」を紹介しよう。
「穴へはキノコをおいかけて」
マリオはジャンプする時になぜ片手をあげるのか?
「残響ばよえ~ん」
ぷよぷよのカラフルな色の秘密は?
「俺より強いヤツ」
格ゲーのストーリーは、なぜ大概ひどいのか?
「インサート・コイン(ズ)」
シューティングゲームは没落したのか?
「そしてまわりこまれなかった」
ドラクエIIIで最大の伏線が何かわかるか?

5篇すべてが「日常の謎」と「ゲームデザインの謎」が絡まり合い、先輩ライターの背中を追う主人公の成長の物語へと結びつく。

実は、帯のコメントをたのまれて、『インサートコイン(ズ)』を読んだのだけど、まあ、こんな設定の小説が出たら、そうじゃなくったって読まざるをえないだろう。
なにしろ、ぼくは、ゲームデザイナーで(「ぷよぷよ」の企画監督です)、ライターの仕事もやっている(今、書いてる!)のだから、ぴったりの読者だ。
というか、もっとも厳しい目で読んでしまう読者なのではないか。
ゲームデザインの仕組みの解明がおかしかったり、ライターの描写に「ウソ」があったりすれば、すぐにピンとくる。
弁護士が主人公の小説なら、まあ、少しはデタラメ書かれても気づかないけど、この設定、この主人公で、誠実さを欠いていれば、すぐに気づく。
「シューティングの必勝法と文章のそれは一緒なんですよ」
なんてセリフがある。
「記述者が理解している真実より、もっと深いものが勝手に伝わることもあるのですよ」
なんてセリフがある。
大好きなドラクエやマリオや、ぷよぷよが登場し、語られる。

そんな文章を読んで、「なんか違うよ、それ」と思ったら、オススメなんかできない。
だから、読んでつまらなかったら帯コメントは断るつもりだった。
もちろん、いま、ここで紹介しているということは、とてもおもしろいゲームデザイン小説でありライター小説だったということだ。
帯コメントは、こう書いた。
“ゲーム、雑誌、先輩。三度、泣いた。
ゲームをつくってきて良かった。”

おっと、最初にあげた謎だけは解明しておこう。
「スーパーマリオブラザーズ」で、ファイヤーフラワーは動かないのに、キノコはなぜ動くのか?
ファイヤーフラワーは、デメリットのないパワーアップアイテムだが、キノコは違う。デメリットがあるのだ。
流川先輩のセリフ。
「ブロックを壊せるということは、間違って壊してしまう可能性があるということでしょう。
また、下から敵を叩くということが一回しかできないということでもある。失敗すれば空けた穴から敵が落ちてきます。ちびマリオのうちは敵を下から叩くことに繰り返し挑戦できるのに、大きくなるとより慎重なプレイが求められるわけです」
つまり、キノコが居座らず逃げるのは、キノコにはデメリットがあるので、プレイヤーが取得を選べる状態にするためなのだ。(米光一成)