◆教師にとってもブラックな部活
「やりがい搾取」に苦しむ教師たち――先生にとっても部活は「ブ...の画像はこちら >>

 長時間の練習、暴力や暴言等を用いた理不尽な指導に生徒が苦しむ一方で、実は教師も苦しんでいる。部活は、そんな矛盾を抱えている。

 部活は、教師にとってもブラックなのだ。先生たちは部活のために土日も休めず残業時間が過労死ラインを超えるほど苦しんでいる。

 ブログ『部活動の顧問は拒否するべし!』を書き続けている30代男性の神原楓さん(ハンドルネーム)はかつてソフトテニス部の顧問だった。

 平日は部活終了後の7時過ぎから職員室に残って、あるいは自宅で、テストの採点をしたり、授業で使うプリントを作ったり、教材を用意した。研修や報告書の作成作業にも追いたてられた。

 午前2時、3時にようやく眠りにつく毎日は疲労困憊。

それでも、始業時刻に遅れることは許されない。マイカー通勤の途中、信号待ちの数秒間でハンドルに頭を押し付けて眠ったこともあった。

 土日祝日は、部活の練習試合や公式戦で埋まる。学校休業日のいわゆる「休日出勤手当て」は、4時間以上務めれば、日額で3000円。4時間ぴったりに終わろうが、一日中だろうが同額だ。仮に4時間で終わったとしても、時給にすれば750円。

国が定めた最低賃金にも及ばなかった。

 とはいえ、校内を見渡せばごく一部の文化部以外は、どの部活もほぼ無休で活動していた。新任教師が自分の部だけ休みにするのははばかられた。ある日、78日連勤(連続勤務)であることをバレーボール部の顧問に告げたら、相手のほうは140日だった。

 さらにほかのベテラン教師に「部活がつらい」と愚痴をこぼしたら、瞬時に「生徒のためだからね」言い返された。部活は、教師による滅私奉公の精神によってなりたっているのだと感じた。

何よりも授業準備のために十分時間を使えないことがストレスだったという。

 今年4月に文科省が実施した「教員勤務実態調査」によると 、公立小中学校の教員の勤務時間が10年前と比べ増加したことがわかった。小学校教諭は平均で平日1日あたり11時間15分と06年に比べ43分増え、中学校教諭は同11時間32分で32分も長い。休日一日あたりでは小学校教諭で49分、中学校教諭で109分も長く働いていた。

 労災認定基準で使われる時間外労働の「過労死ライン」は、1カ月100時間または2~6カ月の月平均80時間とされている。今回の結果をあてはめると、小学校教諭の約2割と中学校教諭の約4割が100時間、小学校の約3割と中学校の約6割が80時間の基準にふれていた。

 つまり、中学校教師の約6割が過労死ラインを超えているわけだ。特に、休日は2時間近くも勤務時間が増加。これは主に部活指導に割かれる時間であり、教師の就労環境を悪化させている大きな要因と考えられる。

◆指導に熱心さが求められるから、余計に苦しい

 加えて「勝たせてほしい」「上達させてほしい」という保護者からの期待も、教師にとって大きな重圧になる。

 前出の神原さんは、部活の保護者会で「試合に出る選手はどういう基準で選んでるのか?」とか「決め方がおかしいのではないか」と責められたこともあった。少しばかりほかの生徒より上手い子どもたちの親からは「もっと上達させて、勝つ味を教えて欲しい」と要求された。

 思えば、今の親世代は部活に打ち込んだ世代。「部活を熱心に指導するのがよい教師」というイメージが強い。よって、わが子の部活顧問にもそれを求めるのだろう。

 文部科学省は1997年の「運動部活動の在り方に関する調査研究報告書」において、運動部の休養日の設定例として「中学校は週2日以上」「高校は週1日以上」、練習時間についても「平日は2~3時間程度以内」「土日は3~4時間程度以内」とする目安を示している。だが、現状はまったく守られていない。

 スポーツ庁の昨年度の調査結果によると、中学校の運動部活で1週間当たりの休養日を設けていない学校が22.4%もあった。

週に1日休みが54.2%。つまり、半数以上の中学校の運動部が週に6日以上活動していると考えられる。

 実は10年以上前からこの状況は変わらない。ベネッセが調査した「第1回・2回子ども生活実態基本調査」によると、中学校における1週間当たりの活動日数は、2004年に「5日以内」と、週に1日休みがあるかないかの「6日以上」が半々だったのが、5年後の09年には「6日以上」が6割近くに増加。この傾向は高校も同様で、部活がよりハードになっている現状が明らかになっている。

 ハードになった要因はさまざまだが、ひとつ挙げるとすれば、高校・大学受験にスポーツ推薦やAO入試のような、部活実績や「学校でやってきたこと」が評価基準になる選考方法が定着したことがある。推薦合格者を出せば、部活顧問の実績になる。部活成績がそのまま教師の評価になる傾向がより色濃くなったようだ。

 その後、神原さんは教師にとっての部活問題を考えるブログ「部活動の顧問は拒否するべし!」を開設。たったひとりで顧問を拒否し続けるなか、SNSで部活問題を発信する仲間と出会った。

 2015年12月、首都圏やそのほかの地方で公立中学校に勤める教員ら5人と「部活問題対策プロジェクト」を結成。オンライン署名サービス「チェンジ・オルグ」で署名を始める。

「部活がブラックなのは生徒だけじゃない。教師にとってもブラックだ」と声をあげた。
「部活がブラック過ぎて倒れそう。顧問をする、しないの選択権をください!」
「選べる自由を。全員顧問制は違法だ」
 この呼び掛けに3カ月弱で3万人近くの署名が集まった。

◆「子どものためだから」という考えは、教師の身を滅ぼしかねない

 首都圏の公立高校に勤務する40代の男性教師は「楽しくゆとりがあって、なおかつ生徒たちが自分たちで運営する部活動にすれば、ストレスなく顧問ができる」と話す。文化部と運動部、複数の部活顧問を引き受けるが、大きな負担は感じないという。

 男性教師が懸念するのは、新任教師が部活漬けになって伸びないことだ。
 勝ち負けがある部活をみることは、単純に面白い部分もある。よって、赴任してすぐに部活に熱中してしまいがちだ。

「部活のせいで新任教師がまったく育たないことは、喫緊の問題です。初任でやってくるなり運動部活の指導にのめり込んでしまい、教師としての力をつけられない若手教員が少なくない。なかには、教育実習生でも書いている基本の授業案を満足に書けない者もいる」(男性教師)。

 新任は若手教員研修として3年間、いわゆる修業の身となる。週に16コマ授業があれば、年間で500時間以上授業をしているはずだ。本来なら、授業の中でさまざまな失敗を繰り返し、トライ&エラーをしつつベテランの授業なども参考にしながら、自分の授業をつくってゆく。それが、新任教師の辿る成長プロセスだという。

 ところが、部活にのめり込むと、教科や授業を深める時間をとらなくなる。教える内容が乏しいため、生徒からその新任教師に関するクレームが来たこともあった。
「あのまま上位校に転任でもしたら、本当に厳しい。初任から3年間の新任期間は授業に専念させる。そんなルールをつくってほしい」と男性教師は主張する。

 土日も休めず「顧問をしない選択をする権利を」と教師が悲鳴を上げるブラック部活。長年改善されなかったのは、「子どものためだから」という一見して正しそうな理由が教師を縛っていたからではないか。

「少々きつくてもやりなさい。だって、やりがいあるでしょ?」
 この「やりがい搾取」は、日本のブラック企業のいたるところに潜んでいる。

 そして、実は生徒にとっても「部活は青春」「部活をやってこそ中学校生活は充実する」と「やりがい」が強調され、部活が過熱していったのだろう。結果的に、生徒と教師の両者とも、同じ価値観に縛られていたとも言える。

 今後はともに、そこを改めたほうがいい。
 やりがいを感じることは大事だけれど、命や健康、生活を犠牲にしてまでやるべきではない。

 どんな部活のかたちが理想なのか。もっと議論を重ねていくべきだろう。