アジア圏の多くの国々は、昔から仏教を重んじてきた。特に東南アジアは「上座部仏教」と呼ばれる仏教に分類され、厳しい戒律がある。
無神論者といわれる日本人でも、根底にあるのはやっぱり仏教だ。
しかし日本は「大乗仏教」の国で、他国とは違う大らかな教えである。そこまで強く宗教概念を持っている人は多くないだろう。周りを見ても、毎月寺院に参拝に行く人や、徳の高い僧侶の後ろで読経する人は、ほとんどいないのではなかろうか。

ベトナムも、日本と同じ大乗仏教が伝わった国だ。東南アジアではとても珍しいことである。

宗教分布を見てみると、人口の8割が仏教、残りの2割がキリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教だ。名実ともに仏教大国で、現在でも足繁く寺院に参拝に行く熱心な仏教徒が存在するが、厳しい教えや戒律はない。

そんなベトナムで、最近話題なのが南西部で栄えている「カオダイ教」と呼ばれる新興宗教だ。仏教にもキリスト教にも、その他宗教にも属さない、世界的にも珍しい宗教一派である。
本山はホーチミンより南西に進んだ、タイニンという観光地にある。

注目すべきはそのシンボルマークだ。
「カオダイの目」と呼ばれる三角形の中に瞳がある。これは漫画「20世紀少年」の「ともだち」のマークを彷彿とさせる。また、秘密結社「フリーメイソン」のシンボルマークにもソックリである。フリーメイソンとの因果関係は不明だが、多くの人はこれを見て「異質・気味が悪い」と思うだろう。


さらに特異なのは、儒教、道教、仏教、キリスト教、イスラム教などあらゆる方面の宗教要素を取り入れているところだ。
神格化した人物も多岐にわたる。
釈迦、イエス・キリスト、ムハンマド、ソクラテス、トルストイ、ユーゴーなど、あらゆる人物が神として崇拝されている。釈迦やイエス、ムハンマドはまだわかるが、ソクラテスは一介の哲学者、トルストイ、ユーゴーにいたってはただの小説家で、どのような基準で選んだのか不明である。

そんな異質すぎるカオダイ教だが、本山の土地柄からか物好きな外国人観光客が後を絶たない。
皆、その謎めいた雰囲気に惹かれて訪れるようだ。

いっぽう現地のベトナム人は、この現状をどう思うのだろうか。
複数のベトナム人に質問してみたところ、回答は揃って「無関心」だった。

なぜなら、親族にカオダイ教信者がいることが多く、悪口をおおっぴらに言えない状況だからだそうだ。
ベトナム人は家族を重んじていて、その絆はとても深い。日本ならば「もう他人だよね」というくらいの遠い親戚でも、彼らにとっては家族なのだ。どこの国でも、家族の悪口はなるべく言いたくないものである。
このような事情から「無関心」という回答に至ったのだろう。

なお、タイニンのカオダイ教本山観光は、日本からでもツアーを申し込むことができて、トラベルガイドブックにも載っている。

興味のある人は訪れて、シンボルマークである「カオダイの目」をその目で確かめてみるのはどうだろうか。



(古川 悠紀)