PET検査をはじめとして、医療現場などでよく使われる「放射線」。「放射線」と聞くと、ちょっと身構える人もいるかもしれない。でも、「放射線」がそもそもどんなもので、どんな場面で使われているのかを正しく理解している人は少ないのでは?
そこで、放射線の基礎知識や役割について、慶應義塾大学名誉教授で日本アイソトープ協会副会長の久保敦司先生に聞いた。

■検査や治療、空港でも……放射線が使われている場面いろいろ
「放射線」って何? どんな場面で使われているの? PR

「『放射線』とは、運動エネルギーを持って空間を飛び回っている小さな粒(素粒子など)のことで、X線やα線、β線、γ線などがあります。医療現場では、レントゲン撮影、X線CT、乳房撮影(マンモグラフィ)、血管造影などの検査で使われているほか、体内に放射性物質を投与する核医学検査のPET検査、シンチグラフィー、SPECTなどがあります」

また、検査以外にも、放射線治療などで使われているほか、注射器などの道具への滅菌としても放射線が利用されているそう(放射線滅菌)。

「また、放射線には細胞を殺す性質があり、正常な細胞に放射線を長時間あてると問題が生じる一方で、がんだけに放射線を当てれば死滅させることができるというメリットもあります」
他に、医療以外の場面では、壊さずに中身を見ることができることから、空港での荷物のX線検査などに使われているという。


■放射線の単位「シーベルト」って何をあらわしている?

様々な場面で私たちの生活に役立っている放射線。ただし、気になるのは、私たちの体への影響だ。
「放射線の単位には、たくさんの種類があり、その中でも人体への影響を表す場合には『シーベルト』という単位が使われています。つまり『シーベルト』の量の大小が重要となってくるのです。実は放射線は、食物など私たちの身の回りにあるものからも出ており、大地から、宇宙からなど、平均すると1年間に約2.4ミリシーベルトの自然放射線(世界平均)を浴びているんですよ」

一方、検査や治療をはじめとした、医療の場面で浴びる放射線もある。
例えば、胸のX線検査は0.05ミリシーベルトで、胃のX線検査による被ばくは4ミリシーベルト、PET検査は3~6ミリシーベルト、X線CTは8ミリシーベルトといった具合だ。
「放射線」って何? どんな場面で使われているの? PR
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構HPより引用


「放射線の影響は、『確率的影響』と『確定的影響』に分けられます。確率的影響は、放射線量が多いほど障害が起こる確率があがるというもので、例として発がん障害や遺伝的影響が挙げられます。一方、『確定的影響』は、白内障や造血障害など、線量に比例するわけではなく、ある一定のしきい値より下の場合には障害が起こらず、ある一定以上になると起こるというものをいいます」

確率的影響については、線量が低ければ低いほどリスクが小さくなることはわかっているが、残念ながら、100ミリシーベルト以下の影響についてはまだわかっていない部分があるそう。
「放射線には、良い面と悪い面があります。良い面は、医療や生活の様々な場面で使われているということ。しかし、それには必ず微量でも被ばくがともないます。そのため、医療の場面で放射線を使用するのは、デメリットよりも検査や治療を行うメリットが大きいときであり、医師は患者さんに対してその説明をしっかり行って作業を進めています」



■最近耳にする「がん教育」「放射線教育」とは、どんなものか

ところで、「がん教育」「放射線教育」という言葉を最近ときどき耳にするけど、いったいどんなものなのか?
「『放射線』と聞くと、少なからず恐怖心を抱く人もいます。放射線には、もちろん被ばくのリスクはあります。しかし、日本人の死因の1位である『がん』の3大治療は、手術、抗がん剤と、放射線であるということ。がんについては、診断にも治療にも、放射線が非常に大きな役割を担っているということ。そうした放射線のメリット、デメリットを正しく理解し、正しく利用することが大切であり、そのためにはまず幼い頃から放射線を正しく学ぶことが大切なのです」

そこで、日本アイソトープ協会をはじめとした様々な機関では現在、放射線教育として多数の活動を行っている。放射線教育支援サイト「らでぃ」もその1つだ。
また、小中学校の理科の先生向けの講習を行い、まず先生たちにがんや放射線に関する正しい知識を身につけてもらうこと、そして、子どもたちに正しく指導してもらう努力もしているそう。
「高齢化が進むなか、がんの診断・治療をはじめとした、医療において放射線が果たす役割はますます大きくなると思います。例えば、PET検査のように放射性の医薬品を投与する『核医学検査』の場合、X線CTなど、形状や大きさがわかる他の画像診断と違い、『機能的診断』ができることが大きな特徴ですが、現在、その性質を利用して、認知症の研究も盛んに行われています」

現時点では認知症を根本的に治す薬はないが、早期に発見し、早期に適切な対処をすれば、食い止めたり、進行を遅らせたりすることができると考えられている。そのため、脳の状態・機能がわかれば、認知症を早期に発見でき、治療に大きく役立つことが期待されるということだ。
「同様に、心臓においても、核医学検査を使えば、機能がどの程度落ちているかなどを診断できる場合があります。すると、治療方法も変わってくるのです」
メリットとデメリットがあり、将来への可能性も秘めた「放射線」。いたずらに恐れるのではなく、まずは正しく理解することから始めたいものだ。

(田幸和歌子)

提供:日本科学技術振興財団