かつて、孤独を埋めるように愛し合った高校教師と女生徒が、数年後に出会い、再び、恋の炎が燃え上がる。
離れられない恋人たちの情愛を、松本潤と有村架純が、しっとりと演じて、魅せる2時間20分の大作。

ティーン向けの恋愛ものが流行る中、あえて、オトナの恋愛映画に挑んだ、小川プロデューサーにその狙いを伺いました。
「ナラタージュ」小川真司プロデューサーに聞く。 映画を成立させるには、スター松本潤が必要だった
「ナラタージュ」
原作 島本理生(「ナラタージュ」角川文庫刊)
監督 行定勲
出演 松本潤 有村架純 坂口健太郎ほか
10月7日公開

───「ナラタージュ」は2時間20分もある、いまどき珍しい、大作感ある恋愛映画でしたが、そこは狙ったのでしょうか。

小川 最初に脚本を読んだとき、小品のフランス映画みたいで良かった反面、この時代に映画化するのは難しいと思いました。とはいえ、原作の構図は、先生(松本潤)と生徒(有村架純)ともうひとりの男(坂口健太郎)との三角関係というラブストーリーの王道の構図は持っているので、ある種のスケール感を出すことで、メジャー映画としてのパッケージ感を出せるかもしれないと考えました。『ライアンの娘』のような昔の文芸大作映画みたいなものが最近ないなと思ったんですね。小さく作るより、大きく作るほうがチャンスがあると。
昔から巨匠監督が、2枚目のマネーキングしたスターを起用して、文芸映画を作ることは、東宝、松竹、大映あたりがやっていました。佐田啓二や石原裕次郎などが出ていて、芸術祭参加作品になるようなものがあったんです。僕らはそういう作品を目指そうと。それで、とにかく、キャスト次第だと思いました。

───松本潤さん、有村架純さんありきだったと。

小川 そうですね、有村さんは、前から行定勲監督と仕事をしたいと思っていたようで、話は早くて、あとは、葉山先生を誰にするか。
この映画のキーは葉山先生ですから。そこで、思いついたのが松本くんです。今、最大のスターといえば嵐であり、彼らの中でこの役が出来るのは松本くんしかない。以前、「陽だまりの彼女」(13年)で一緒に仕事をやって、またご一緒したいと思っていたんです。

───ラブシーンの内容は、問題にならなかったんですか?

小川 基本的にそれはあんまり問題にならなかったですね。激しい絡みを見せることは本筋ではないし、行定さんがきれいに撮ってくれるだろうという前提があったから、そんなに議論にならなかったです。


───実際、行定さんが巧く撮っていましたね。

小川 見せ方ですよね。はっきり見えてなくても見せた以上に効果がある(笑)。

───松本さんは月9「失恋ショコラティエ」(14年/レビュー)でも割りときわどいシーンやっていますしね。今回、松本さんには眼ヂカラを封印することが課せられたそうですね。

小川 彼にメガネをかけさせることがテーマでした。
メガネキャラにするっていう(笑)

───体重も増量されたとか。

小川 中年の体型に寄せて。ふだんの鍛えたカラダだと、ちょっとキャラのイメージと違いますからね(笑)。
実は、今回、一番、悩んだのは、髪型でした。映画撮影と嵐のライブが重なっていたため、先生のもっさりした髪型を地毛でやるのが難しくて、急遽、ウィッグを作りました。

───後ろ姿のラインから肌の感じまで、徹底して、スター松本潤ではなく、中年教師という役に寄せていってました。


小川 「陽だまりの彼女」のときは、「花より男子」とは違うものをやってもらおうと思って、彼の中にある真面目さを出してもらいました。次はまだ違う引き出しがあると思っていたので、今回は、真面目は変わらないですが、ちょっと大人になったところを出してもらえてよかったです。彼に限らず、自分が関わる作品では、その人が次のステップにいくものを作りたいと思っています。既存の松本潤のイメージを搾取するような使い方はしたくない。もっと新しい魅力を引き出して、成長してもらいたいと思っています。
「ナラタージュ」小川真司プロデューサーに聞く。 映画を成立させるには、スター松本潤が必要だった
葉山先生の住まいと、

「ナラタージュ」小川真司プロデューサーに聞く。 映画を成立させるには、スター松本潤が必要だった
学校の教員室

恋愛映画を作るのはおもしろい>


───2時間超える、ほんとうに大作ですよね。


小川 本当は2時間にしたかったけど、高校時代、大学時代、現在と3つの年代にまたがって描かれているので、観る人が体感で情報処理する時間が必要でした。これより短くすると情報処理できなくなって逆に長く感じてしまうんですよ。だから、観ていてそんなに長くは感じないはずです。

───それは、昨今の恋愛映画と対極のようですが。

小川 いま、ティーン向けの学校が舞台の恋愛映画ばかりで、大人が観る作品は少ない。そこはまだまだ需要があるのではないかという気持ちはありました。

───小川さんはこれまで「ジョゼと虎と魚たち」(03年)、「ハチミツとクローバー」(06年)、「陽だまりの彼女」(13年)など、恋愛映画をたくさん作ってこられました。恋愛ものに一家言ありますか?

小川 恋愛映画を作るのはおもしろいです。結局ストーリーの方向性が男女関係でくっつくか離れるかのどちらかだし、そこに嫉妬などのいろいろな感情が入ってきて、わかりやすい。ホラーと恋愛ものは、わかりやすいので映画を作りやすいです。

───それで量産される。

小川 ジャンルとして確立されていますから。

───いまの男女は恋愛しないと言われるにもかかわらず、恋愛映画当たっているわけはなぜなんでしょうか。

小川 当っているのは主に、少女向けコミックの映画化ですよね。それも、当然ながら、売れている原作を映画化することが前提になったものです。16から20歳くらいの女性が観ています。恋愛ものだけですからね、若い人が主人公になり得るものって。若者向けの、こうあってほしいという憧れの形をそのまんま見せちゃうような作品もあっていいですが、いままで自分がいろんな映画を観てきた作品には、そうじゃない大人の映画もたくさんありました。逆に、いまそういうのがないから、作りたいという思いはあります。

───大人の恋愛映画の、若者向けとの違いはどういうところでしょうか。

小川 大人の恋愛は、好きだから結ばれるという要素だけで済まない。そこに“生きる”とは何かという問題が絡んできます。その最たる例が、劇中に引用した成瀬巳喜男監督の「浮雲」。これが行定さんも僕も好きで、僕はこれを「ジョゼと虎と魚たち」を作るときにも参考作品として観ていました。「浮雲」は、戦争中につきあいはじめた男女(男には妻がいる)が、戦後、落ちぶれていって、それでも別れられない。その絆とか生き様が、すごく丁寧に描かれていました。「ナラタージュ」も、どん底にいた男女がたまたま出会って惹かれ合うという話です。付き合うのがゴールではなく、そこから相手や自分自身にどう向き合うか?リア充がすべてとか、結婚しないと勝ち組に乗れないとか、人生は勝ち負けだけではないよね? という問いかけです。

───単なる恋愛を超えた作品になっているわけですね。

小川 結局ねえ、この人たちどうしようもないじゃないですか。人としてはダメな人たちですけれど、弱いんですよね、泉も葉山も。小野くん(坂口健太郎)も弱い。その弱さを、ダメだと切り捨てるのではなくて、ダメな部分を人間らしさと捉えて描いていくことなんですよね。そうしないと、世の中が窮屈ではないかという漠然とした思いがあって。でも、最初、松本くんには「葉山のことがわからない」と言われました。彼は葉山とは真逆の、ちゃんとしようとする人なので。

───松本さんは、流されがちな葉山とは違うんですね。

小川 葉山は、このストーリーに沿った事実だけ、客観的に並べていくと相当ひどい男に見えるわけ。え、結婚していたの? っていうね。(笑)。それで、松本くんと、いろいろ話し合って、“弱さ”というキーワードを出して、役を理解してもらいました。有村さんも、この恋愛を必ずしも肯定できないが抱きしめてあげたいと言っていて、それはこの映画の確信をついている言葉だなと思いました。

───理解するふたりの知性がすばらしい。そのうえ、スターだから最強ですね。

小川 スターでないと、表現における自由さが獲得できないんです。揺るぎないスターがいるからこそ、お客さんが安心して観ることができる。「人生は近くで見れば悲劇だが、遠くから見たら喜劇」という言葉のように、恋愛経験をある程度積んだ大人の人が観たら、笑えるところもあると思います。そこでそういう台詞言うか? って(笑)

後編につづく。


小川真司
1963年生まれ。アスミック・エース入社後、ゲーム開発を経て、2000年、「リング 0~バースディ」で映画プロデューサーとしてデビュー。以降、「ピンホン」(02)、「ジョゼと虎と魚たち」(03)、「恋の門」(04)、「ハチミツとクローバー」(06)、「ノルウェイの森」(10)などを制作。12年独立し、ブリッジヘッドを設立、「陽だまりの彼女」(13)、「味園ユニバース」(15)、「トイレのピエタ」(15)、「ピンクとグレー」(16)、「秘密 TOP SECRET」(16)などを手がける。「ナラタージュ」のほか「リバーズ・エッジ」の公開を控える。
「ナラタージュ」小川真司プロデューサーに聞く。 映画を成立させるには、スター松本潤が必要だった
小川真司プロデューサー

【作品データ】
「ナラタージュ」
原作 島本理生(「ナラタージュ」角川文庫刊)
監督 行定勲
出演 松本潤 有村架純 坂口健太郎ほか
10月7日公開

STORY
春、大学2年生になった工藤泉(有村架純)の元に、高校時代、演劇部の顧問だった葉山(松本潤)から電話がかかってきた。葉山は、孤独な泉に居場所を与え、救ってくれた教師だった。互いの孤独を埋めるように惹かれ合ったふたりだったが、葉山には離婚が成立していない妻がいたのだ。泉は、葉山と距離を置き、彼女を想ってくれる小野(坂口健太郎)とつきあうことにするが・・・。

(木俣冬)