実写版『進撃の巨人』、これぞ『パシフィック・リム』でアップデートされた樋口真嗣の本気!

「樋口監督を優しい目で見よう」という心の壁が大爆破!


8月1日に全国劇場公開が迫るなか、滑り込みで実写版『進撃の巨人』に行ってきました。すでに様々な感想がネットに公開されていますが、「どうやって元のイメージを損なわずに?」ということで、みなさん原作基準で厳しくチェックされています。
実写版「進撃の巨人」を観てきた「優しい目で観てあげよう」なんて思い上がっててすいません、だけど!
2015年8月1日より全国東宝系にてロードショー

試写会に行く前は、もっと優しい目線の見方もあるのに、と思ってました。「樋口真嗣監督の映画なんだ」という心構えで臨めば、150%は大らかになれる。『日本沈没』での交通網がズタズタに破壊された国内で、どこにでもワープしてきた草薙くんを瞼に浮かべれば。あの平成ガメラのスタイリッシュな映像を撮った特撮監督が、『ローレライ』でCGのデキに目をつぶった「映画監督」になった衝撃を振り返れば……。

そんな優しさという高い壁で心を囲って行った当日。出だしはゆるやかな日常、ヨーロッパのようで日本の田舎の面影も残す風景。果物や野菜など豊かな物資があふれ、運送手段のディーゼル機関も闊歩しています。
スキのない世界観の描写にピシリ、と心の壁に走るヒビ。「平和」がなければ「悲劇」もなし、レイクサイドの馬鹿騒ぎを描くからジェイソンも来る。ディーゼル機関を見せたのも、馬車を使っていた原作とは文明レベルが違う宣言、ズレが徐々に大きくなる予告かもしれません。

そして『進撃の巨人』を名乗る上で避けられない「巨人が人を喰らう」表現は、「漫画の怖さをそのまま再現」ではなかった。新人漫画家だった原作者・諫山創がスポットを浴びた理由の一つに、絵が荒削りで前衛芸術のような存在感があったことも忘れてはいけません。この映画が基礎にしている原作1〜3巻の絵は、「唯一無二」ではあっても「恐怖」かどうかは微妙でした。
前半戦の「市街で小型巨人の団体様が大暴れ」が素晴らしいのは、実写スタッフの奮闘の賜物でしょう。体型も身長もまちまちの巨人達が壁の内側になだれ込み、市民を襲う。ショッピングモールのような建物に立てこもり、一転して地獄の檻と化したそこから逃げようと無数の手が窓から林立する描写は、明らかに近年のゾンビ映画を踏まえています。
しかし、巨人達は体のサイズがゾンビとは違う。身長が3〜7mもあって大人を片手でつかめる彼らは、生ける屍とは似て非なるものです。ヒトの手足をちぎって一口サイズに料理、仲間と楽しげに引っ張り合って八つ裂き、避難民がギッシリ詰まった建物に手を突っ込んで食い放題コース。これは人食い映画の革命ですよ!

そんなエゲツない食事が、まるで下品ではない驚き。残虐だけど血生臭くなく、一つ一つの惨殺が決めカットになる考え抜かれたアングル。特撮監督は尾上克郎氏ですが、隅々まで行き届いた美意識は、樋口監督が特撮を手がけた『ガメラ3 邪神覚醒』でのJR京都駅大破壊の再来です。

すでに前半で心の壁は、超大型巨人の蹴りを食らったように木っ端みじん。樋口監督、「優しい目で観てあげよう」なんて思い上がっててすいませんでした!と土下座できることが嬉しくてたまらないのです。

エレン×ミカサの恋愛を犠牲に?先が見えないワクワク感


執拗とも言える密度で描かれた食人の宴により、作劇的に追い詰められるのは主人公であるエレンです。巨人を駆逐どころか、恐怖でガタガタ震えて動けないありさま。なぜここまで追い詰める?
実写版においては初めて、そこでエレンという人格が誕生するからでしょう。
三浦春馬が演じるエレンは、最初は空っぽ。原作で「巨人を駆逐してやる!」と叫ぶ勇気を支えた原体験である、ミカサとの“過去の共犯”がないんです。よって、ミカサとエレンの切っても切れない絆や、ほのかな恋愛もリセット。そこ、原作のキモですよ! 
おそらく、シナリオを依頼された一人・映画評論家の町山智浩さんのしわざです。
パンフレットによれば、諫山先生から「原作とは全く違う物語にしてほしい」と無茶振りをされたとのこと。しかし全く違うと、真っ先に劇場に駆けつけ、口コミ人気を広げてくれる原作ファンが離れてしまうはず。

実際のストーリーは「エレン達が巨人が壊した壁の穴を塞ぐ」という原作序盤の流れに沿っています。唯一、ミカサがエレンに強く執着する理由が消えたことを除けば。エレミカ(エレンとミカサのカップリング)は犠牲になったのだ……。
世界観をほぼ変えず、基本的な進行もなぞり、ただ人間関係だけを差し替える。それにより先の展開が読めなくなり、エレンの過去に割く時間も削れる(恐らくこれもデカい)。「地球連邦軍が反乱を起こした宇宙のコロニー国家を倒す」ロボットアニメの小説版でも、監督ご本人がそんな風に改変して、ファンを仰天させた逸話が思い出されます。主人公が金髪さんと寝たり。
原作では圧倒的人気を誇る人類最強の男“”リヴァイを、オリジナルキャラのシキシマに替えたのも、ミカサとエレンの絆が弱まったことをフォローした面もあるのでしょう。なにしろパンフでも、エレンと向かい合わせの頁がシキシマですもの。エレミカからシキエレ…?
男で女でも受け入れそうな色気と度量あるシキシマ=長谷川博己もさることながら、脇も『キューティーハニー THE LIVE』の水崎綾女や『ハイキックガール』の武田梨奈、『仮面ライダーオーズ』の渡部秀など、実際にアクションができるキャストで固めてるのも頼もしい。俳優を吊り下げてブン回すワイヤーアクションを本気でやりますという決意表明なのです。

後編では「ハリウッドSFXを駆逐してやる!」と叫べるかも




『パシフィック・リム』を観た直後、樋口監督が世界に向けてツイートした言葉です。自らに対しても檄を飛ばした「アップデートするのだ!」というメッセージが、実写版『進撃の巨人』で実現されたんですね。
けど、樋口監督の本気って、まだこんなもんじゃないでしょう?
小型巨人達の恐怖は、前人未到の高みと言っていいでしょう。50〜100mの全貌が分からない巨大怪獣より、3〜7mで普通の人間が見上げる程度のサイズが生理的に最も怖い。募集したエキストラの中から選りすぐった20人が素肌にボディペイントを施されて楽しそうに人を喰らう演技は、東宝特撮『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』の延長にありつつ、世界に似たものがありません。
後半の目玉といえる立体起動装置のアクションも「実写でよくぞここまで!」とは言えます。が、生身で市街を飛び回るジャンルは、『アメイジング・スパイダーマン』や『アベンジャーズ』シリーズなど強敵がひしめく世界的な激戦地区です。等身大と巨人のカラミにも果敢に挑戦していて、アニメ版と遜色ないスピードと見栄えとはいえ、「アニメじゃ無理!」にまで突き抜けて欲しいじゃないですか。
幸い、本作は前後編の二部構成です。9月に控えている後編には、さらなる隠し玉が飛び出してくるに違いない。ハリウッドで高評価を受けたとのことですが、樋口監督の口から「ハリウッドSFXを駆逐してやる!」という高らかな雄叫びが聞きたいものです。
(多根清史)

後編レビューはこちら