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<役者さんの芝居をちゃんと撮ってください>

我孫子 「それでも、生きてゆく」というドラマが革命的だと思ったのは、小説における「言文一致」のようなことがドラマでも実現できていたからです。
会話はもちろん決して説明口調にならずにそのキャラクターが言いそうな台詞になっていて、プラス、格闘といいますか、喧嘩のシーンの演出も素晴らしいなと思って。

坂元 ありがとうございます。

我孫子 いわゆる普通の殺陣の演出とはひと味もふた味も違っていて。例えば、殺人犯役の風間俊介さんと被害者の母である大竹しのぶさんが船釣宿で二人っきりになるシーン(第8話「それぞれの覚悟」)。お互い相手のことを認識して格闘になるわけですが、どう考えたって大竹しのぶが勝てるわけないんですよね(笑)。勝てるわけがないんだけども大竹さんが風間さんにのしかかって、風間さんも黙って殴られるわけじゃなくて抵抗しながら罵倒を聞く。
あの辺の全部がやっぱりお約束じゃないなと。だから、これは誰の意志なんだ? と気になってしまって。演出家さんの意志かと思ったら、演出家さんは1人じゃないんですよね。

坂元 3人ですね。

我孫子 演出の方が複数いる場合、全体を貫く演出の仕方っていうのは誰の意志が反映されるんでしょうか?

坂元 プロデューサーと共に演出家同士で綿密に話し合っているのだと思います。僕からお願いしたことはひとつだけで、「役者さんの芝居をちゃんと撮ってください」ということですね。
最近の俳優さんは求められていることが非常に多岐にわたっています。ただ役を演じるだけでなく、わかりやすい変な顔をするとか、ビックリしたら「ワッ」ってやるとか、そういう演技以上の演技を求められている。そういう時代の中にいて、皆さんその時代に合わせた芝居をしていると感じています。役者さんって元々、気持ちを作るところから始めるお仕事で、皆さんそれが演技の根幹にあることは間違いない。でも最近は、そういう気持ちの流れだけでなく、ワンシーンワンシーンを飽きさせないようにしようとか、常にテンションを高く保ってわかりやすく見せようとかの負担が大きい。台本も、台詞で全部説明してっていうのも含めて「わかりやすさ」を求めてやっているから、役者さんも自分が考えているお芝居の持ち味を出し切れてないのではないかと思うんです。


我孫子 はい。

坂元 だけどこのドラマでは、役の感情と最低限の設定だけを提示して演技によって行間を埋めていくものを作ろうとしました。ちゃんと役者さんの気持ちに乗せて、それを積み重ねて撮っていく。そこをしっかりと守って、スタッフ全員が役者だけを見るようになると、画を大げさに撮ったりあちこちのアングルから撮る必要がなくなるんですよ。音楽やギミックでは役者さんの呼吸や行間を捕らえることは出来ないから。ただ純粋に「役者さんを撮るんだ!」っていうことだけを誰もが考え始めて、大竹さんが役に入っていく、瑛太さんが役に入っていく、満島さんが役に入っていく……という状況になると、役者さんを見るということそのものが“人間をリアルに描く”ことに自然となっていくんです。
当然、ケレンを捨てようというのはありますが、「ケレンを辞めましょう」って言ったところでケレンは無くならないので、「とにかく役者さんの生理に合った芝居をじっくりと、細かくカットを割らずにお芝居を撮りましょう」と。まあ、そういうコンセプトを全員が念頭に置いて始まったドラマなので、僕の台本も自然とそうなっていきましたね。

我孫子 役者さんのテンションだとか、現場の雰囲気っていうのは作品に出てくる訳ですよね。

坂元 ドラマはもう、役者で全てが決まるので。脚本も演出もなにも関係ないですよ。とにかく役者さんの力をどれだけ出させるかが全てですから。


我孫子 役者さんも数字なんかに一喜一憂しないで、全力投球したってことですよね。

坂元 そうですね。満島さんも、当時3本掛け持ちでやっていたんですけど、それをまったく見せないテンションで来るし、誰もが高いモチベーションを持ってるように感じました。


<舞台の大竹さんをテレビで観たいなと思って>

我孫子 坂元さんは撮影の現場には行かれましたか?

坂元 現場には一回も行ってないですね。

我孫子 じゃあ仕上がった、送られてきたDVDを観て、どうでした?

坂元 素直に面白いと思いました。第1話は…… 脚本家って第1話は気に入らなくてだいたい文句言うんです。
でも2話目からはその世界に慣れてきて同調し始めるので、「あぁ、いいね。」と楽しくなって来るんですけど(笑)

我孫子 気に入らない、というのは?

坂元 決めてる訳じゃないんですけど、頭の中で漠然とイメージが出来てるんですよね。こういう服を着てるだろう、こういうリズムでしゃべってるだろうとか。決めてなくても脚本家は頭の中に画があって書いているので。

我孫子 じゃあ、観ていくうちにだんだん慣れていくと。

坂元 そうですね。一回実際の画を観てしまうと、自分もそれをイメージして書くことが出来るのでそんなに抵抗感はないです。だから、1話目は毎回楽しくはないですね。

我孫子 第5話で、大竹しのぶさんが10分近く、一人でしゃべり通す長台詞のシーンがありますよね。このものすごいシーン、現場に行ってないということなのでご存じないのかも知れないですけど……

坂元 いや、後から聞きましたよ。大竹さんはパッと来て、サラッとおやりになって、パッと帰ったと(笑)

我孫子 一発撮りで?

坂元 もちろん一発で。毎回そうでしょうけど、直前まで冗談を言い合い、直前までみんなと楽しくおしゃべりをして、いざ「ハイ、スタートっ」となるともう役になってる。

我孫子 この場面はワンカットじゃないですけども、カメラが複数あって一気に?

坂元 そうです。先ほど挙げていただいた第8話の風間さんとのカラミもそうですね。ちなみにあのシーン、家の中はスタジオのセットなんですけど、玄関から外は長野ロケになっちゃうんですね。大竹さんリハーサル中に、「風間さんが出て行った後に私ちょっと追いかけたい」と言ったそうなんです。家の中から見送るだけじゃなくて。

我孫子 じゃあ長野にロケに行かなくちゃいけない。

坂元 そうなんです。外に出ちゃうと長野に行って撮らないと辻褄が合わなくなるんですが、スケジュール的に大竹さんが長野に行くことは無理だったので「大竹さん、外には出ないでください」と伝えたそうなんですね。で、あの大立ち回りの芝居をする訳ですが、あの大芝居をして「ハイ、カット!」ってなった後にパッと家の外に出た瞬間、「ここからは、長野ぉ~」って瞬く間に笑顔になって言ったそうです。もう化け物です(笑)

我孫子 (笑)。でも、やっぱり大竹さんだからコレが書ける?

坂元 ハイ。やっぱり、大竹さんだから。舞台の大竹さんを拝見することもあるんですけどテレビとはまた違ったお芝居をされてるから、舞台の大竹さんをテレビで観たいなと思って、「舞台と言えば、長台詞だろう!」と単純な思いです。最初、あの倍くらいの量の台詞があったんですが、それはさすがに勘弁してくれって言われて(笑)

我孫子 それは、大竹さんに?

坂元 いえいえ、それはプロデューサーに。もちろん僕もそんな長いもの放送出来るとは思って書いてないんですけど。家から出発して(娘が殺された)湖に行ったというくだりを大竹さんが話すシーンなんですけども、道中にどう思ったか、どういう気持ちだったかっていう前半をとにかくいっぱい書き込みまして。前半の方が僕は面白いと思ったんですけど、だからと言って後半をカットしちゃうともう訳わかんなくなるなということで、後半重視で。

我孫子 あの長台詞のシーンを改めて見直してみて、しゃべってるのは大竹さんだけですけども、背後の人もみんな芝居してるわけですよね。黙って人の台詞を聞きながら芝居してるんだなぁと思って、それも大変だなぁと。一応、カットは切ってあるから、コレ一発で撮ったのか? 流れで撮ったのか? と気になっていました。

坂元 テレビドラマはロケ以外は基本的に割らずに一発ですね。一回一回カット毎に割ったりはしてないです。当たり前なことなので、テレビドラマに「長回し」って言葉はないですから。でも、周りはやっぱり緊張していて。初稿か2稿が上がった時点で、大竹さんには伝えたみたいなんですよ、長いのがあるんだと。で、台本が配られたら、めくってもめくっても台詞が続くので多くの人がビックリしてたようですが、大竹さんはいつもと同じように、サラッとおやりになったと聞きました。


<何かを言いかけてやめる面白さ>

我孫子 あんまり重要なシーンじゃないんですけど、脚本読んで気になった箇所に付箋貼ってきたので一応聞いていいですか。最終話で瑛太さん演じる主人公と、満島さん演じるヒロインがようやくデートをするわけですが、「旅行するならどこに行きたいか?」という話題で満島さんが「イースター島に行きたい」と。で、「何するんですか?」って聞かれた満島さんが「モアイに……」って言いかけるんですが、これは瑛太さんの顔のことを言ってるわけですよね。

坂元 あ……そうなんですか?

我孫子 えっ!? 違う??

坂元 違います違います(笑)

我孫子 違うのぉ?

坂元 何も考えてないです(笑)

我孫子 じゃあ、満島さんが瑛太のほうをチラッと見て「モアイに……」って言いかけて、「内緒ですっ」って笑う演技をしますけど、

坂元 それは、そういう人なんですよ、双葉という役が。何かを言いかけてやめる面白さっていう。

我孫子 そうだけど。そうだけど。

坂元 いや、わからないですよ(笑)。満島さん、現場でそう考えてやってるかもしれないですけど。僕が想定してたのは、満島さんが演じた双葉という女性は子どもの頃からモアイが好きで、単にモアイを見に行きたいと。で、「モアイに……」って言って、途中でやめちゃう人っていう、ただそれだけなんですけど。

我孫子 え~~っ…… あぁ、聞いてよかった。

坂元 機会があれば聞いておきます。そういう解釈をしているかもしれない(笑)

part4へ続く
(聞き手:我孫子武丸 構成・文:オグマナオト)