コーヒー本はいっぱいあれど、科学の視点でコーヒーを語る本は珍しい。
科学の新書レーベルブルーバックスから出た『コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか』は、その珍しい一冊だ。

コーヒーで頭は覚醒するって本当なのか
『コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか』(旦部幸博/講談社ブルーバックス)

著者は、がんに関する遺伝子学、微生物学が専門の旦部幸博。
コーヒーに関する「百珈苑」というWEBサイトをはじめて、珈琲を科学的に調べはじめる。
海外の学術論文を調べたり、自分たちで実験してみたりして二十余年。
その成果がこの本なのだ。

これが、すごい。
どこをとっても、ゴリゴリの理系。

「深く心にしみいる香りと、ほろ苦い甘み。カップに注がれる幸せの味わいをあなたに。」
みたいな、ふんわかいい感じの文章とか、雰囲気ばっちりの写真はいっさいございません。

たとえば、第4章 コーヒーの「おいしさ」
「おいしさ」を、味、香り、テクスチャー(食感、口触り)の3つに分類。
そして、コーヒーの味に使われる各国の言葉を比較して、“日本ではコーヒーの味を、欧米は香りを重視する”と言われていることを紹介する。
さらに、生理的に忌避されるはずの苦味をコーヒーでは「おいしい」と感じるのはどうしてか? という謎が提示され、
“コーヒーに含まれている苦味成分を特定して、どの受容体と結合するかを検証すればいい”と筋道を立てる。


ここからは、本書の雰囲気をつかんでもらうためにフレーズをいくつか引用しよう。
“T2R38がコーヒーの苦味受容にも関係しているという報告がいくつもあり”
“味物質の口蓋内ダイナミクス(分子動態)”
“各成分が口腔粘膜を固定層とする速度(口腔内リアランス)は物質ごとに異なり、基本的には分子量が小さくて親水性が高い分子ほどすみやかに流失する”
“カフェインはドパミンを受け取る神経細胞(ドパミン作動性ニューロン)の働きを抑制するアデノシン受容体を抑制、つまり「抑制の抑制」によってA10神経系を活性化して気分を高揚させる”
“生豆からは検出されない、焙煎よって生じる物質で、CQLが先に増加して中煎りをピークに減少していき、それと入れ替わりにVCOが増加します”
ぶつ切りに引用したので難解な印象を与えるかもしれないが、だいじょうぶ。
全体の流れの中で読むと科学音痴でもなんとなく判るし、「おお、こんな複雑な過程でおいしさを感じるのか」と感動してしまう。
ともかく、いままでにないコーヒー本だ。

最終章、コーヒーと健康も、しっかり科学の視線を忘れない。
“医療の世界でも通用するくらい高いエビデンスに基いて、コーヒーと健康の関係をひもといて”いく。

いくつか紹介しよう。

・高速道路を夜間運転するドライバーを被験者にした2006年の検証実験で、“カフェイン200mgの摂取で仮眠30分以上の効果があった”と報告された。

・2014年の画像を見せて記憶させる実験では、“カフェインは想起には影響しなかったものの、記憶の定着を強化する”と報告された。

・単純計算を続ける途中で、半分の学生にコーヒー、もう半数にはカフェインレスのコーヒーを、どちらかわからない状態で飲ませ、また同じテストを行うという実験では、“カフェインを摂取した学生の方が、解いた問題数と正答率、どちらも高くなる傾向が見られ”た。

おお、苦学生に朗報ではないか。コーヒー飲んでがんばろう。


長期影響については、“「コーヒーは◯◯の原因になる」「コーヒーが××を予防する」”といった文章は“これらは医学的には「不正確な文章」”だと述べ、科学的に語れるのは「リスクの増減」であり、因果関係の立証が十分ではないため相関関係でしかないとエクスキューズを入れる。そのうえで、長期影響についてもいくつか書かれている。
そこに、ズバリ「コーヒーを飲むと長生きできる?」という項がある。
2012年、のべ40万人、13年間の追跡の結果、“コーヒーを飲む集団の方が全く飲まない集団より、調査期間中の総死亡率が低下すると発表され”た。日本の追跡研究でも、同様の傾向が確認されている。
おお、コーヒー党の諸君、朗報ではないか。
コーヒー飲んでがんばろう。

全体の構成は、以下の通り。

第1章 コーヒーってなんだろう?
第2章 コーヒーノキとコーヒー豆
第3章 コーヒーの歴史
第4章 コーヒーの「おいしさ」
第5章 おいしさを生み出すコーヒーの成分
第6章 焙煎の科学
第7章 コーヒーの抽出
第9章 コーヒーと健康

『コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか』(旦部幸博/講談社ブルーバックス)、科学的な視点でコーヒーを見直してみたい人にオススメ。
(米光一成)