現代日本の老後について書かれた本、『老人地獄』。この書名を「おおげさだな」と思える人は、幸せかもしれない。

長生きする気がゼロになる『老人地獄』の怖ろしい介護事情
『老人地獄』朝日新聞経済部/文藝春秋

この本は、朝日新聞の連載「報われぬ国 負担増の先に」を元にして作られた。堅いイメージのある新聞が、そう簡単に「地獄」だなんて、どんな感じなんだろう?そう興味をもって読み始めた。そして間もなく、納得した。

ぎゅうぎゅう雑魚寝部屋


およそ20畳の部屋に、仕切りなしで雑魚寝する10人の老人。男女混合。「誰かが誰かの布団に入って、入られた方も認知症で拒絶できない」という状況もあるという。

歩く隙間もなく、夜間は糞尿が放置される施設もある。
誰かがノロウィルスに感染すると、一気にひろがる。圧倒的に人手が足りず、「やむを得ず」が多い。野戦病院のような深刻さ。

本書帯に書かれた「それでも長生きしたいですか?」という問いにも、強くノーと言いたい気分になってしまった。

「でもそれって極端なレアケースで、平均を見ればそこまで…」という希望も、次の一瞬で打ち砕かれる。

貧乏人には選択肢は無い


上記の「雑魚寝」施設は、「お泊まりデイ」と呼ばれる形態で、1ヶ月の利用金額およそ10万円だという。すごい待ち人数で入れない「特別養護老人ホーム」と同程度、かなり安くて入所条件も厳しくないので急増している。
人気なのだ。

親を介護しているせいで会社を辞めなくてはならなくなる人も非常に多い。「リーズナブルな価格で、親を任せられるなら…」という気持ちだろう。「施設からの連絡は、死んだ時だけでいい」と施設に言って、施設に全く来ない人もいるという。

それでも、国民年金の支給額は満額で65000円。家族の支援がなく、貯金がなかったり40年間フルで払わなかった人は、こういう施設にすら入れない。


施設での虐待に耐えたり、遠く知らない地方に移動したり、「国民健康保険を払っているけど、3割の自己負担分を払うことができずに病院に行けない」なんて人も。多くの人が今日も日本中で苦しんでいる。

2025年問題


本書では数々の介護現場で働いている人、利用者の人、施設経営者などの声を集めている。何重もの深刻な問題を同時に抱え、国の対策が遅れていたり逆効果になっている様子を明らかにしている。

もちろん年金の状況はこれからも悪化していく可能性が非常に高い。「戦後生まれの団塊世代が75歳以上に突入し、深刻さが急増する時代の始まり」が2025年で、「2025年問題」と呼ばれている。

原発事故があった福島県の一部地域などでは若者が減り、全国よりも早く高齢者割合が「2025年」状態になっているのだという。
格差が強まり、厳しい状況におかれた「2025年を生きる人々」への取材も本書ではしっかりおこなっている。

悪だらけの介護世界


絶望しきってしまうけど、問題はこれだけじゃない。

介護施設に支払われる補助金を食い物にする周辺企業。高額で売り買いされる社会福祉法人の地位。必要ないデイサービスを利用者に乱発して荒稼ぎする施設、それに協力するケアマネ。

めまぐるしく変化する法律や行政の動きに応じて、悪がうごめく世界になってしまっている。
圧倒的な施設不足という状況が、一定数の悪を許してしまっているのも大きな要因のようだ。

山積みどころじゃない量の問題があるが、老いて死ぬことは誰にでも訪れる。何も知らなくても安心して老後が過ごせたら良いけど、残念ながらそうではない。
(香山哲)