最新長篇小説「モナドの領域」を読んですっかり感動してしまったあまり(レビュー)、ふと気づいてしまったのだが、小説家・筒井康隆が「単行本デビュー」してから、来月で50年になる。
と気づいたので、ひとつ読み直してみようと思った。

最初の単行本は『東海道戦争』(《ハヤカワSFシリーズ》)。現行の版は中公文庫。ただし4篇削除されている。詳細は後述。
筒井康隆を読まずに死ぬとかあり得ない。原点「東海道戦争」を改めて読んで唸った
筒井康隆『東海道戦争』(中公文庫)。686円+税。カヴァー=真鍋博。

筒井さんは1960年に、3人の弟さんたちと、動物学者である父・筒井嘉隆とともに、家族同人誌《NULL》を創刊し、その掲載作品が江戸川乱歩の目に止まって、同年夏に旧《宝石》誌で商業誌デビューしている。商業誌デビューからだと55年ということになる。

短篇集なので、そのすべてを紹介するわけにはいかないから、どれか1篇ということであれば、表題作「東海道戦争」を取り上げたい。

東京と大阪が戦争に!


語り手〈おれ〉は大阪・北摂の千里に、弟たちや母といっしょに住んでいる小説家。当時の筒井さん自身を戯画化したものだ。
朝のTVで戦争の勃発を知るが、どこの敵と戦うことになったのかがわからない。ダイヤの乱れた阪急電車で梅田に出て、事態が「東京vs.大阪」の戦争であることを知る。
日本分裂という広い主題には、獅子文六『てんやわんや』という先行作品があり、本作以後には井上ひさし『吉里吉里人』(上巻中巻下巻)、村上龍『五分後の世界』『ヒュウガ・ウィルス 五分後の世界』『希望の国のエクソダス』、『半島を出よ』(上巻下巻)(最後の2作には筒井さんの『歌と饒舌の戦記』を思い起こさせるところもある)、矢作俊彦『あ・じゃ・ぱん!』(上巻下巻)など作例は多い。
筒井康隆を読まずに死ぬとかあり得ない。原点「東海道戦争」を改めて読んで唸った
村上龍『五分後の世界』(幻冬舎文庫)。533円+税。カヴァー=横尾忠則。

2020年東京オリンピックの公式エンブレム撤回に見られるように、なにかと「オリジナリティ」なるものを称揚する世のなかだけど、いったん頭を冷やしてモティーフが共通する作品を読み比べるのも楽しいよ。
小説家というものは意外に、大喜利のお題に向かうような気持ちで書いているのではないだろうか。

ショウとしての「事件」


〈おれ〉の友人で大阪の放送局のアナウンサー・山口は、開戦をつぎのように分析する──大衆の、戦争という〈事件を起すことができる、自分たちの能力についての期待〉と、情報の〈あいまいさ〉によって、戦争が始まったのだと。
SNSとスマートフォンが普及する40年前に書かれた小説だというのに、これはなんだか、ネット世論にまつわる議論に似てはいないだろうか?
またいっぽうでこの話題は、2015年7月の安保法制抗議デモをTVの報道番組があまり報じなかった、といった現象とも、いわばウラオモテの関係にある。
呆れる〈おれ〉にむかって、山口は言葉を続ける──〈マスコミの世界では、贋造の出来事が本物の出来事を追いやってしまう。〔…〕この戦争は、取材されるための戦争だ〉。
メディアが世界を変質させ、実効性のある「できごと」を形成していくことで、「ガチ」と「やらせ」の区別にあまり意味がなくなる。これが「東海道戦争」以降筒井さんが繰り返し取り上げた「擬似イヴェント」「リアリティショウ」の主題だ。

10年あまりのち、筒井さんは日本を代表するメタフィクション作家となっていったが、その原点もまた、この虚実の境目を問う姿勢にあった。
たとえば本作では章題が「スポット」「イントロ」「マエコマ」「タイトル」「キャスト」「Aロール」「ナカコマ」「Bロール」「アトコマ」「予告」といった放送台本のパート見出しになっている。「東海道戦争」という短篇が30分の連続TVアニメの1話、という感じで構成されているのだ。

表題作以外の作品について


短篇集『東海道戦争』収録作には、本作同様に不条理小説風味の強い作品が収録されている。時間ループもの「しゃっくり」やタイムマシンの誤作動で〈おれ〉がどんどん増えていく「チューリップ・チューリップ」がそれだ。
後者を中学時代に読んだとき「吾妻ひでおみたい」と思ったが、もちろん事態は逆。僕がたまたま吾妻作品を先に読んで、あとから「うるさがた」や「やぶれかぶれのオロ氏」などはSF状況下のイヨネスコふう不条理劇と言っていい。
台詞主体のコントとして、そのまま上演可能だ。
メカとの性的な、あるいは愛情のこもった関係を描いた「いじめないで」「お紺昇天」は、メカの人格化や萌えといった日本人の美意識を衝いてくる。後者はかなり泣けます。
いっぽう「群猫」はストーリーよりも世界設定を読ませる静かな作品。また〈総花学会〉を支持母体とする〈恍瞑党〉が政権をとった日本を描いた「堕地獄仏法」は、けっこうなクレームがついたらしい。
筒井康隆を読まずに死ぬとかあり得ない。原点「東海道戦争」を改めて読んで唸った
福島正実『未踏の時代 日本SFを築いた男の回想録』(ハヤカワ文庫)。720円+税。

後者については、エッセイ「堕地獄日記」(《筒井康隆全集》第2巻所収)および当時掲載誌《SFマガジン》編集長だった福島正実の『未踏の時代 日本SFを築いた男の回想録』(1977)を読むとおもしろいです。


最後にデータ的なことを


短篇集『東海道戦争』は1965年に《ハヤカワSFシリーズ》から刊行されたが、73年にハヤカワ文庫に収録されるときに「トーチカ」「ブルドッグ」「座敷ぼっこ」「廃墟」の4篇(のち『笑うな』に再録)と「あとがき」を削除した。

1976年の中央公論社販、78年の中公文庫版(現行版は94年改版)もこれに倣う。
筒井康隆を読まずに死ぬとかあり得ない。原点「東海道戦争」を改めて読んで唸った
筒井康隆『笑うな』(新潮文庫)。550円+税。カヴァー=山藤章二。

『東海道戦争』収録作のうち「東海道戦争」「いじめないで」「しゃっくり」「群猫」「うるさがた」「お紺昇天」「やぶれかぶれのオロ氏」は《筒井康隆全集》第1巻に、「チューリップ・チューリップ」「堕地獄仏法」は同全集2巻に収録されている。
(千野帽子)