担当編集者によるロジャー・ホッブズ『ゴーストマン 時限紙幣』インタビュー
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──それにしても、あなたの年齢で、これほど見事なハードボイルド・ミステリを書いたというのは驚きです。日本には「ハードボイルドは四十歳を超えないと書けない」と言った評論家がいます。
そうでないと人生についての洞察が得られないから、という趣旨だったのですが、これについてどう思われますか。
RH 然るべき人生経験の有無を測るのに、年齢はいい物差しとは言えないと思います。刑務所に一年入れば、郊外に五十年住むよりも多くのハードボイルド/ノワール的な人生経験を積むことができます。わたしは刑務所に入ったことはありませんが、裏社会についてはそれなりに探求しました。わたしはフィラデルフィアのダウンタウンで育ったんです。住んだのは数年でしたが、あの経験からも、犯罪者の生態を大いに学べたものでした。

歳を重ねているから成熟しているとも言えません。自分より年長の作家の書いたものを読んで、ずいぶん幼くて驚いたことも多々あります。小説は、それ自体の質によって測られるべきで、著者の資質や略歴で測られるべきではないでしょう。じつのところ、それこそわたしが物を書こうと思った理由のひとつでもあります──物を書くことを学ぶのには、学校に通う必要もなければ高価な道具も要らず、コネも要りません。ほかのクリエイティヴな職業では、なかなかそうはいきません。物書きを目指すことは誰にだってできるのです。
足切りされることもなく、学位も要らず、上司に媚を売る必要もありませんし、組織も要らない。誰でも参入できるのです。
自分より年上の人物を書くのに苦労したことはありません──自分と異なる文化をもつ人物を書くほうがずっとむずかしいと思います。

──いま「異なる文化」とおっしゃいましたが、『ゴーストマン 時限紙幣』はジェンダーについても非常にバランスのとれた小説だと思います。これを読んだ女性の書評家が、こんなことを言っていました。
「この作品は単にすぐれた犯罪小説だというだけでなく、ジェンダー的にみても引っかかるところのない稀有な作品です。
ハードボイルド/ノワール小説で、そういう作品は多くありません。この種の小説は、アメリカ伝統のマチズモに根ざしているので、なかなかそういうものから自由になれないようです。しかしこの小説は、そうした伝統から解放されつつ、しかしジャンルの本質的なカッコよさはきちんと保持していて、これこそ『21世紀のハードボイルド』だと言いたいです」
RH まったく同感です。多くのアメリカ産ミステリが、異様なほど古いジェンダー・ポリティックスに縛られています。そうした作品のなかで、女性が演じる役割は、刑事か死体かどちらかです──そして物語のなかでどんな役割を果たしていようが、女性キャラクターは肉体的な外見でのみ測られます。わたしは、『ゴーストマン 時限紙幣』をそういう小説にはしたくなかったのです。
さまざまなジェンダーや文化的背景を持つキャラクターを、できるだけ多彩でリアルに登場させたかった。犯罪者は特定の姿かたちをしているわけではなく、ありとあらゆるタイプの者がいます。彼らがどんな人間なのかを定義するのは、「何をやるか」であって、外見ではないのです。
もし、ある女性が宇宙科学者なり警察官であったなら、彼女が美人かどうかは関係ないはずでしょう。性別や外見は二次的なものです。小説の登場人物も、実際の人間と同じく、「何をやるか」で測られるべきであって、どこで生まれたかとかどんなふうに見えるかで測られるべきではありません。

『ゴーストマン 時限紙幣』の女性キャラでいえば、いちばん重要なのはジャックの師匠であるアンジェラです。彼女はタフで謎めいた百錬練磨の犯罪者で、主人公は銀行強盗に必要な知識をすべて彼女から学びました。彼女はカネが欲しいと思っている。だから盗めるものはすべて盗む。きっと読者も彼女のことが気に入ってくれるでしょう。

──この作品には多くの銃器が登場します。
登場人物にどんな銃を持たせるか、というのは、キャラ描写に役立つ有効な手段だと思うのですが、近頃のクライム・フィクションでは誰もかれもがグロック一辺倒なような印象さえあります。
RH 『ゴーストマン 時限紙幣』でも、レベッカ・ブラッカーはFBI捜査官なのでグロックを持っているはずですよ。制式拳銃ですからね。
多くの作家がグロックを出してくるのは、アメリカの法執行官がグロックを好むからでしょう。あの銃は装填した状態で一日中持ち歩いても安全なんです。だから制式拳銃としてすぐれているわけですね。とても丈夫ですし、手入れも簡単で、装弾数も比較的多く、口径もさまざまです。だから、もしあなたが、弾をこめた拳銃を一日中持ち歩かなければいけない仕事をしているなら、グロックがベストの選択です。
しかし、わたしのみたところ、犯罪者はグロックをあまり好まないようですね。法執行官にとってのメリットは、法を破る者にとってはデメリットになりえます。犯罪者は一日中持ち歩くのに向いた安全な銃など望んでいません──ヤミで買えて、使い捨てにできて、強力で、安い銃。それがベストなのです。わたしが話をした連中は、古くて、安くて、小口径で、隠し持つのが楽な銃がいいと言っていました。ストリートでは、正確性や装弾数や威力よりも、サイズやコストや入手のしやすさのほうが大事なのです。

──もしあなた自身を「表現」するために銃を選ぶとしたらいかがです?
RH 銃は自己表現の手段ではありません。道具です。だからそれは、「自分を表現するためにどんな電動ドリルやハンマーやねじ回しを選ぶか?」と訊かれるようなものです。どんな銃を選ぶかは用途によります。
というのを前提に言えば、ショットガンが好きですね。スキート射撃が大好きなんです。ショットガンというのは美しくエレガントな機械です──非常に強力で、群を抜いて頑丈で、発砲すると深い満足感が得られます。あらゆる種類のスポーツ射撃をやりましたが、スキート射撃がいちばん好きですね。空中のクレイ・ピジョンを吹っ飛ばす瞬間には、心をほぐしてくれるような効果があります。
ライフルや拳銃となると、わたしはいい射手とはいえません──わたしは片目がよくないので、狙いがうまくつけられないんです。でもスキート射撃では精密に狙いをつける必要はありません。すべては一瞬です──ただ銃を標的に向け、あとは本能にすべてをまかせる。そのとき銃は肉体の延長になるのです。格闘術と同じように。

──『ゴーストマン 時限紙幣』は襲撃や強奪を描いた犯罪映画を思わせるところがあります。とくにお気に入りの「強奪映画」はありますか。
RH ニコラス・ウィンディング・レフン監督、ライアン・ゴズリング主演の『ドライヴ』ですね。とても雰囲気のある2011年の映画です。台詞はほとんどなく、物語はもっぱら映像と音楽によって語られます。これまでに観たことのあるどんな映画とも異なっていて、複雑な心理を描いた作品だと思います。

[註:ホッブズ氏の選ぶ「強奪映画ベスト10」は、1『ドライヴ』(上記参照)、2『ヒート』(1995、マイケル・マン監督)、3『ユージュアル・サスペクツ』(1995、ブライアン・シンガー監督)、4『ザ・プロフェッショナル』(2001、デヴィッド・マメット監督)、5『レザボア・ドッグス』(1992、クエンティン・タランティーノ監督)、6『インセプション』(1992、クリストファー・ノーラン監督)、7『ゲッタウェイ』(1972、サム・ペキンパー監督)、8『ダイ・ハード』(1988、ジョン・マクティアナン監督)、9『オーシャンズ11』(2001、スティーヴン・ソダーバーグ監督)、10『インサイド・マン』(2006、スパイク・リー監督)。
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──ところで、あなたの写真を拝見すると、いつも上等のスーツを着ていらっしゃるようです。理由を教えていただけますか。
RH つねに見かけには気を遣うようにしています。スーツはハイスクールの一年生のときから着はじめて、以来ずっと着ているんです。じつはこれ、一種の反抗として始めたことでした。大人は、ティーンエイジャーというのはだらしない格好をしているものと思いこんでいて、だからティーンエイジャーをゴミみたいに扱う。わたしがきちんとした格好をしたのは、自分が若いことを隠すためで、そうすると、初対面の人間はわたしをちゃんともてなしてくれました。若かったから、自分を真っ当に扱ってもらえるように、きちんとした格好をしたわけです。
 いまスーツを着ているのは、そのおかげで自信のようなものを感じるからです。スーツを着た姿が好きでもありますし、スーツを着ていると、「自分は可能な限り最高の作家になるために不断の努力をしなければならない」ということを忘れないでいられるのです。

──とくに好みのブランドはありますか。ゴーストマンはヒューゴ・ボスのスーツにパテック・フィリップの時計をしていましたが。
RH わたしのスーツは香港の職人が縫製したオーダーのものです。ブランドでいえばトム・フォードが好きですね。彼の服はずいぶん持っています。シャープでエレガントですが、ド派手でもスカした感じでもないところが気に入っています。

──さて、『ゴーストマン 時限紙幣』の続編が完成間近と聞いています。どんな内容になるのでしょうか。
RH Vanishing Games、というのが第二作のタイトルで、マカオ近海での強奪計画が失敗するところではじまります。計画を立案したのは“ゴーストマン”の師匠であるアンジェラで、この失敗によって窮地に陥った彼女が“ゴーストマン”に連絡をよこします。“ゴーストマン”は事態を収拾すべくマカオに向かうのですが、現地に降り立った途端、彼は自分が大がかりな陰謀に巻き込まれたことを知ることになります。果たして彼は追手の迫るなか、アンジェラを見つけて無事に脱出できるか?という物語です。

──あなたはまだ20代です。作家としてのキャリアはこの先長くつづくわけですが、ミステリ/スリラー作家としての野望はありますか。
RH よいスリラーを読むと感情を揺さぶられますよね。わたしの場合は、恐怖と興奮と熱と不安がないまぜになった感情に圧倒されます。これが何よりも好きなんですよ。だから、わたしの作家としてのゴールは、あの感覚をすべての読者に感じさせられるようになることです。読者を、「完全にぶっとんだ」という思いにさせたい。となると、すべてのキャラクターが興味深くて、すべての展開がエキサイティングであるべきでしょう。
 最終的にはこのジャンルで最高の作家になりたいと思っています。だから、つねに新作は前作を超えなくてはならない。自分の能力のすべてを出し切って、わたしは作品を書いています。そうすることで、あの興奮を、世界に伝えたいのです。
(聞き手:文藝春秋・永嶋俊一郎)