今週の金曜ロードSHOW!は『借りぐらしのアリエッティ』
監督は米林宏昌、通称・麻呂(マロ)。
明日から公開の『思い出のマーニー』にあわせての放映になります。

この映画を見て僕が最初に感じたのは、「お母さんの描き方が違う!」という点でした。
宮崎駿監督作品は、ほとんどの女性が母性溢れまくっています。『ナウシカ』しかり、『トトロ』のお母さんしかり、『魔女の宅急便』のオソノさんしかり、『ポニョ』のリサしかり。
ところが『アリエッティ』のお母さんはどっちかというとコミカルで、お茶目。母親然としていない。

やっぱり監督が違うんだなーと感じた瞬間でした。

企画・脚本が宮崎駿。プロデューサーは鈴木敏夫。おなじみの面子です。
そこで監督に起用された米林宏昌。
彼は監督を目指していたわけではありません。
青天の霹靂で監督にさせられました。

米林宏昌は元々、『崖の上のポニョ』などで飛び抜けた才能を発揮したアニメーター。宮崎駿をうならせたことがあります。
同時にマイペースで、自分のことだけやってあとは放置したため、宮崎駿に怒鳴られた、というエピソードもあります。

鈴木敏夫「麻呂(米林宏昌)はアニメーターとしての仕事に満足していて、演出をやりたいなんて希望したことは一度もありません。(中略)だけど、(宮崎駿に)建前で詰め寄られて、ちょっと腹もたっていたので、宮さん(宮崎駿)が一番困る名前を出しちゃおうという意地悪な気持ちもあったんですね(笑)。

「麻呂はどうですかね」
そう言ったら宮さんは動揺しましたねぇ。急に声に力がなくなりました。
「い、いつから考えてたの?」
「二、三年前からですかねえ……」
僕は大嘘をつきました」
『ジブリの教科書16 借りぐらしのアリエッティ』

鈴木敏夫が、宮崎駿を驚かせるために、米林監督を勢いで起用した。
そんなアホな!という感じですが、これが事実だからジブリ恐るべし。

興味深いのが、監督としての宮崎駿と米林宏昌はタイプが真逆なくらい違うということ。
宮崎駿はかなりロマンチストで理想主義者な部分があります。
できるだけ自分の究極を追い求めて作品に向かう。

宮崎吾朗「監督がOK出した美術でも、後ろから白いひげの人が来て「直せ」って」
神山健治「駿監督は自分の作品を作ってないときもスタジオにいらっしゃるんですか?」
宮崎「うろうろしています」
神山「スタジオが大好きなんですね、きっと」
『文藝別冊 総特集 神山健治』

できるだけ自分の手を入れて完璧にしたい。
良くも悪くも、誰も追いつけない天才・宮崎駿がジブリでやってきたスタイルでした。

一方、米林宏昌はできるところはやって、それ以外は他人に完全に任せる現実主義者です。
例えば「ラッシュ」というできあがった映像のチェックをする作業があります。実際に映像を流してみて、背景美術などを直す。

ところが米林監督は驚くべき反応を取ります。

鈴木敏夫「麻呂はラッシュを見ても、何も意見を言わない。今までは宮さん、高畑さんの判断にすべて任せてきたけど、今回はどうやって決めていくべきか? メインスタッフで話し合うことになりました。そこでも麻呂はとんでもないことを言い出したんです。「じゃあ僕は見なくていいんで」この一言にはみんな固まりました」
『ジブリの教科書16 借りぐらしのアリエッティ』

映画を放棄したわけではありません。
ようは絵コンテを完成させ、キャラクターに芝居をつける部分が自分の仕事。
色に関しては色指定、背景は美術監督などプロフェッショナルに任せる。
自分は今までアニメーターだけやってきたので、詳しい人にお任せする、という現実的な見方でのスタンスです。

鈴木敏夫「できないことはできない。分からないことは分からないとハッキリ言う。それはもう徹底していました」
『ジブリの教科書16 借りぐらしのアリエッティ』

宮崎駿は『アリエッティ』をはじめ、自分が監督ではないジブリ作品にも多く注文をし、手も加えました。
しかし米林宏昌はキッパリ割り切っていました。『アリエッティ』の絵は非常に宮崎アニメと似ています。もうキャラデザで揉めることがわかっていたので、最初から「はい、時間がないですから」とあっさり。
美術に関してもこだわりすぎて難航するのを避け、宮崎駿が描いた家の設計図を「じゃあ、ありがたく」と受け取って使いました。(『ジブリの教科書16』より)

あんまりにもサバサバしていて不安になりますが、彼のやり方は一つの才能でした。
このやり方で、先輩からも後輩からも人望を得ていたのです。

作画監督・山下明彦「演出力は未知数でしたけど、漠然とあいつならやれそうだと思いました。麻呂は不思議な人物で、何か秘めてそうな気がしていたんですよね。とは言っても本人は初監督は不安だろうから、できるだけ協力していこうと」
『ロマンアルバム 借りぐらしのアリエッティ』

この「協力してあげよう」の声がスタッフに多い。
その結果として出来たのが『アリエッティ』。
どのような作品になっているかは見て下さい。実にイキイキとした作品になっています。
「昔のジブリが帰ってきた」という声もあったそうです。「昔の?」とイメージしながら見てみると、ちょっと分かる。
『ポニョ』『風立ちぬ』『かぐや姫の物語』の熟練の技はないかもしれない。けれども、初々しさにあふれている。

さて、宮崎駿と鈴木敏夫が米林宏昌にムチャぶりをした時の最初の反応を見てみます。

鈴木敏夫「『映画って思想とか主張がないと作れませんよね。僕にはそれがありません』その言葉が終わるか終わらないかのうちに、宮さんと僕は机の上の原作本を左右から同時に掴み上げて『それはこの中に書いてある!』と叫んでいました」
『ジブリの教科書16 借りぐらしのアリエッティ』

どういうパフォーマンスだ! でもこの二人ならやりかねない。
それに対しての米林宏昌らしい受け答え。

米林宏昌「もし途中で『こいつはダメだな』って思われたら、さすがに止められるだろうと気楽に考えて、とりあえずお引き受けすることにしたんです」
『ロマンアルバム 借りぐらしのアリエッティ』

なんとなく、米林宏昌がスタッフみんなに愛される理由がわかってきた気がします。

『アリエッティ』を見て、米林宏昌が描きたいポイントはここだろう、と思ったのが、アリエッティと翔の色気でした。
特にアリエッティ。何度も髪飾りを束ねて洗濯バサミで止めたり、外してバサッとながしたりする。
これが艶っぽくてしかたない。

米林宏昌「髪の毛を束ねてアップにする仕草では色っぽさを表現できるのではないかと思いました」
「翔は病弱で家族関係が複雑。神経質で繊細な美少年ですから、リアルに描く上である種の色気は絶対に必要でした」
『ロマンアルバム 借りぐらしのアリエッティ』

この作品には、「滅び行く種族」への思想が存分にこめられています。
しかしインタビューを読む限りでは米林宏昌のテーマはそこではない。アリエッティから見た世界と翔から見た世界を比較することで、美しい存在をいかに美しく描くか、であるように感じます。

明日から公開の『思い出のマーニー』は、まさに美しい少女達の物語。

鈴木敏夫「(宮崎駿は)実は毎日、ジブリに出社しています。本人は『口も出さない、手も出さない』と言うが、やっぱり手を出してくるし、足も出してくる(笑)。でも宮さんが口を出すのは、いつも男女の物語なんです。でも『思い出のマーニー』は女の子同士のお話で、手の出しようがない。そのあたりは計算通りでしたね」
ジブリ鈴木氏、『思い出のマーニー』を選んだ理由 - ウレぴあ総研

鈴木敏夫「マロ(米林監督)は女の子を描くのがとても得意なんですよね。マーニーの特徴は2人のヒロインがいること。ということでハッときて原作を薦めたんですよ。女の子が2人も出るんだぞー! この2人の女の子がすごくかわいいんだぞー! と説得した記憶があります」
ジブリ初のダブルヒロインに会いたい 「思い出のマーニー」の世界をセットで再現する種田陽平展 - ねとらぼ

『思い出のマーニー』のキャッチコピーは「あなたのことが大すき」。
ボツ案は「ふたりだけの禁じられた遊び」と「ふたりだけのイケナイこと」。
うん、セクシャルなにおいがする。
ただ、『アリエッティ』だって十分そうだ。
映画に行く前に、おさらいで見なおしておくと、米林宏昌の表現を数倍楽しめると思いますので、是非チェックしてみてください。


『借りぐらしのアリエッティ』BD
『ジブリの教科書16 借りぐらしのアリエッティ』

(たまごまご)