かつてのプロレス界は「全日本プロレス」と「新日本プロレス」の2大団体が業界を統治し、両者の間には高くて厚い壁がそびえ立っていた。
だからこそ、ファンの想像力は育まれる。
授業中、ノートの端に“夢のカード”を書き込むのは、ちびっ子ファンの必須科目。皆が早熟なプロモーターとなり、脳内で興行を開催したものだ。うるさ型ファンへの第一歩である。

そしてこの夢想を、ある意味成し遂げてしまったファンがいる。それは、永遠の名作『キン肉マン』作者のゆでたまご(嶋田隆司&中井義則)。
2人が、何をどう成し遂げたのか? 例えば、同作と現実のプロレス界には、我々が思う以上にリンクする部分があるらしい。
その辺、彼らによる新書『ゆでたまごのリアル超人伝説』に、しっかりと記されています。

そこら辺りを確認する前に、ゆでたまご自身が『キン肉マン』を“プロレス漫画”……と言うより一つの「興行」として捉えている事実を再認識しなければならない。
幼き頃、ジャイアント馬場のレスリングに魅せられプロレスファンとなった2人は、作品『キン肉マン』を「ひとつのプロレス団体」と考えていたのだそう。また彼ら自身、同作に「作者」ではなく「プロモーター」的な感覚で接してきた、と胸を張る。

その素養を測る上で、ゆでたまごが“猪木派”ではなく“馬場派”だった事実が見逃せない。しかし、なぜ彼らは馬場派だったのか?
「相手に攻められ、攻められ、それを耐え忍んで、最後に一撃必殺の技で逆転勝ち。
それが猪木のプロレスだった」
「ボクたちが魅了されたのは、馬場の試合で繰り広げられていた一進一退の攻防だった」
猪木の大逆転劇を漫画にした場合、主人公はほぼやられっぱなしになってしまう。一方、馬場のレスリングは非常に漫画向き。これを潜在的に察知していたゆでたまごは、幼き頃から『キン肉マン』をプロモートする資質が備わっていたと言えるだろう。

もう一つ、リアルプロレス界から『キン肉マン』への影響についてを紹介したい。あの山本小鉄氏から、ゆでたまごへこんな一言が投げ掛けられたそうだ。
「ゆでたまごさん、このキン肉マンってマスクでしょ?」
そんなつもりじゃなかった2人ではあるものの、この一言は素直に受け取った。
小鉄さんの“神の啓示”が、第21回・超人オリンピック決勝「キン肉マンvsウォーズマン」試合形式の「マスカラ・コントラ・マスカラ(敗者覆面剥ぎマッチ)」へと繋がったのだ。

これらの事実を踏まえ、プロレス界と『キン肉マン』がリンクする要素を一つ一つ挙げていきたいと思う。
バッファローマン&スプリングマン
「ボクたちゆでたまごが2人揃って、もっとも好きなレスラーが、ブルーザー・ブロディである。(中略)チリチリのパーマをかけた長髪、足に巻いた毛皮のレッグウォーマー。おわかりだと思うが、あのバッファローマンのモデルになったレスラーである」
ここまでは、気が付いていた読者も多いはずだ。
「なお、『キン肉マン』に登場したバッファローマンとスプリングマンのタッグは、ブロディとジミー・スヌーカーという選手のタッグがモチーフである。
スヌーカーは“スーパーフライ”と異名を取るほどの跳躍力を誇る選手だった。スプリングマンの全身がバネだったのは、このスヌーカーを参考にしたからだ」
「スプリングマン」=「ジミー・スヌーカー」!!!!!! 気付いてた人、いました!? 私、全然気付いてませんでした。「プロレスは大河ドラマだ」とよく言われるけども、それは『キン肉マン』も同様。追い続けてたら、こんなにいい事があるだなんて!

ラーメンマン
『キン肉マン』が連載していたのは、言わずと知れた「週刊少年ジャンプ」。何しろ、ジャンプの黄金期を支えたのは『キン肉マン』なのだから。そして波に乗る集英社は、新たに「フレッシュジャンプ」なる新雑誌を創刊させている。
同時に、ゆでたまごの初代担当編集であった中野氏(作中に「アデランスの中野さん」として登場)は、「フレッシュジャンプ」へと異動。
同誌の初代編集長となった中野氏は、ゆでたまごに『キン肉マン』スピンオフ作連載を要請した。これが、あの『闘将!!拉麺男』誕生の瞬間である。ゆでたまごは、新連載成功の要因をこう語る。
「当時はまだ漫画のジャンルとしてなかった中国拳法を描いたのが、間違いなくその要因のひとつだろう」
「UWFがロープに飛ばなかったり、打撃や関節技を主体とした新しいプロレスを作ったのと同じように、『闘将!!拉麺男』も中国拳法という新ジャンルを作った」

『闘将!!拉麺男』が好評ならば、『キン肉マン』へラーメンマンを登場させるわけにはいかない。そこで登場したのは、モンゴルマン。
そして頃合いを見計らい、ラーメンマンは『キン肉マン』に復帰……。プロレスファンならば、何かを思い出さずにはいられない。
「『1年半、UWFでやってきたことがなんであるかを確かめるためにやってきました』 前田が(新日本プロレスへ)復帰する際にリングで放った言葉は、ボクたちにはとても印象的だった」
「ボクたちも前田にならい、ラーメンマンの復帰にインパクトをもたせようと考えた。それは、バイクマンに化けての復帰だった。(中略)そして、ラーメンマンの『強さ』を際だたせるような試合展開にした。UWFとは『強さ』を追い求めた集団である」
ゆでたまごは、「ラーメンマン」=「前田日明」だと唱えている。

火事場のクソ力
もう、ここで結論を言ってしまいたい。『キン肉マン』に登場する超人たちのスピリットは、あるレスラーの生き方に集約されている。
「新日本プロレスで一大ブームを巻き起こしたタイガーマスクだが、その好敵手として知られていたのがダイナマイト・キッドだ」
「キッドの魅力はその刹那的なファイトにある。自分の身体はどうなってもいい。攻めても受けても、壊れる限界まで激しい試合をする。彼の試合はそんな信念に彩られていた」
「その代償は、あまりにも大きかった。(中略)腰の椎間板の影響もあり、現在は車イスの生活を余儀なくされている」
「なんとも痛ましい話であるが、その自分の身体を犠牲にしたファイトは後輩のレスラーたちに大きな影響を与えている。『キン肉マン』に登場した超人たち、すべてがこのキッドの精神を受け継いでいると言っても過言ではない。キン肉マンの火事場のクソ力をリングで見せてくれた男だった」
爪の先に辛うじて残された力までをも振り絞り、眼前の相手に向けて叩き込む。納得していただけたと思う。「火事場のクソ力」=「ダイナマイト・キッド」である。
(寺西ジャジューカ)