人の話を聞くのは、簡単ではない。
話を聞くということは、たんに音声を耳に入れることではないのだ。

そもそも、相手がこちらに心を開いてくれないと、口も開いてくれない。開いたとしても、お座なりなことでお茶を濁されておしまいだ。
それから、「こんな奴に話しても無駄だ」と思われないかとびくついていると、緊張が相手に伝わって、相手も喋りにくい。
むかしある人にインタヴューしたとき、こちらがアガっていることがバレバレだったのか、インタヴュイーが笑いを取ってこちらをほぐそうとしてくれたことがある。気を使わせてしまった……。

人から話を引き出すという、このデリケートな作業を、毎週(あるいは毎日)TVでやっている人たちがいる。
インタヴュー番組のMCだ。
インタヴュー番組にもいろいろある。
芸人殺しの長寿帯番組として『アメトーーク!』でもネタにされる『徹子の部屋』(テレビ朝日)。
もうすぐ最終回を迎える『森田一義アワー 笑っていいとも!』(フジテレビ)のメインコーナー「テレフォンショッキング」。
MC阿川佐和子の『聞く力 心をひらく35のヒント』(文春新書)がベストセラーになった『サワコの朝』(TBS)。阿川さんは長年、《週刊文春》で対談コーナーをやっている。


さて、小説家・村上龍は、インタヴュー番組『日経スペシャル カンブリア宮殿 村上龍の経済トークライブ』(テレビ東京 木曜10時)のメインパーソナリティでもある。
『カンブリア宮殿』は、企業経営者や財界人をゲストに迎え、その取材VTRと、スタジオでの村上(と小池栄子)によるインタヴューによって構成される番組だ。

昨秋、この番組から『カンブリア宮殿 村上龍の質問術』(日経文芸文庫)という本が出た。これは、
・どのように質問するか。
・どのように番組を作るか。
ということを、村上龍自身が明かしていく本だ。


これによると、ゲストが決まったあと、スタッフから大量の資料が送られてくる。そのなかで村上さんが重視するのは、当人の談話や著書、ブログエントリなどであり、その企業が属する業界全体の動向などは補助的な役割を果たすのだという。
村上さんはまた、会社の歴史や経営者のライフストーリーを、年表形式に落としこみ、経営者の「現在」をひとつの「文脈」のなかに置くのだという。そういういわば予習をすることで、見えてくるものがあるのだそうだ。
あれ? これって意外と、黒柳徹子さんがむかし言ってたことと似てないか?
〈「徹子の部屋」においでいただくお客さまは、六十歳のかたなら六十年の、五十歳なら五十年のリハーサルを積み重ねて来てくださるのです。ですから、お話がおもしろくないはずがありません〉(朝日文庫版『徹子の部屋2』まえがき)
(これは1984年の文章。
当時は芸人殺しじゃなかったのだろう)

さて村上さんは、資料にすべて目をとおしたとき、〈核となる質問〉をひとつ用意する。それは、専門家の高度な「常識」から出てくるものでもなければ、といって素人がだれでも抱く「素朴なナントカ」の類でもない。
たとえば富士フイルム古森重隆氏を迎えたときの〈核となる質問〉は、つぎのようにして生まれた。

〈「デジカメの圧倒的な普及により、あのコダックも、アグフアも、ポラロイドも今はない。富士フイルムを除いて、全部事実上、消滅した」
というのが歴史的事実としてある。そこで、不思議なことに気づく。

「でも、そもそも、どうしてフィルムメーカーは、それほど数が少なかったのか」
 ポラロイドを除いたフィルム事業は、世界でも、コニカ、富士、コダック、アグフアの四社しかなかった。それはなぜなんだろう?〉(22-23頁)
この〈核〉からさまざまな質問が枝分かれしていく。それを〈想定質問メモ〉としてスタッフで共有し、番組を構成していく。

『村上龍の質問術』の本体部分は、番組の過去の出演者たちへのインタヴューをかいつまんで採録し、併せて、その回で狙ったことを、村上さん自身が副音声的に解説している。
だからこの本は、質問術の本としても、番組メイキング本としても、そして経営者インタヴュー集としても読めるのだ。
登場するのは先述の富士フイルム古森氏や日産カルロス・ゴーン氏、ソフトバンク孫正義氏、Amazonジェフ・ベゾス氏をはじめ、スズキ、紳士服のAOKI。
ユニ・チャーム、ブラザー、スタバ、7&i、ヤマダ電機などのトップ。
ヤマト運輸の回では、宅急便の誕生と自身のデビュー(『限りなく透明に近いブルー』)は同じ1976年で、〈基本的には単なる偶然だが、「高度成長(戦後文学)の終焉」と考えると共通点がある〉(260頁)。

この本が出たとき(昨秋)に東京地裁で文春への名誉毀損提訴が棄却されたユニクロ(ファーストリテイリング)の柳井正氏も登場するが、この回ではユニクロが一時期野菜を売っていたという黒歴史や、〈フリース=ユニクロになってしまってセルッティやノース・フェイスなどのフリースを着ていても、「ユニクロですね」って言われた〉(225頁)という「フリースあるある」も。確かに!

人の話を聞くというのは、じつは質問によって人の話を引き出している部分もあるわけで、共同作業なのだ。〈必要な情報に飢えていなければ、出合ったときに、そのことに気づくことはできない〉(155頁)。

この本のなかには、つい引用したくなる一節がいろいろあるんだけど、いちばんびっくりしたのはサイゼリヤの回。飲食業がゲストのときは、村上さんは事前にこっそり食べにいくという。
〈中田英寿がセリエAにいるころ、ひんぱんにイタリアを訪れ、〔…〕生ハムは、中田がパルマに在籍していたときに〔…〕飽きるほど本場の味を楽しんだ〉(90-91頁)という村上さんから見て、〈サイゼリヤの生ハムは、正真正銘の本物だった〉(91頁)。こんなものを〈幼稚園から食べてもいいのか。将来イタリアに行っても感動しない〉(93頁)。
質問術もいいけど、これのウラ取りにちょっと近所のサイゼリヤ行ってきます。……あ、俺パルマ行ったことないや。
(千野帽子)