「声優って、名刺に刷っただけでなれるんだな……」

 音響関連を生業としているAさんは、先日依頼された現場で、そんな場面に出くわした。それは、あるオーディオドラマCDの制作現場。

低予算ゆえに名のある声優なんてものはいない。けれども、商業作品である以上、演じているのはプロの声優のハズである。

 でも、いざリハーサルの段階からAさんは「う~ん」と首を傾げるしかなかった。何度やっても、声にメリハリがまったくない女性声優がいたのである。

 休憩時間にAさんは、その声優に尋ねた。

「このシーンは、どんな情景を思い浮かべていますか?」

「は……?」

 何か、おかしなことを言ってるオッサンがいる。
そんな顔で見られたという。

「オーディオドラマとはいえ、頭の中に構図とカメラワークを描いていないと成立せず、どんな収録現場でも最低限の知識としてプロの声優はシーンの構図を頭の中で描いているのは当然だと思ってるんですけどねえ……」

 そうAさんは語る。もちろん、活躍する多くの声優にとって、それは当たり前のこと。でも、制作現場ではえてして「素人かよ!!」という「地雷」を踏むような事故もあるという。

「最近では専門学校だけでなく、大学にも声優志望のためのコースを設けているようなところがあります。それだけ、志望者が多いわけで……『自称・声優』ってのも増えていますよね」

 この「自称・声優」という人々。
だいたいは、養成所などを終えた後に、どこの事務所にも拾ってもらえなかった者たちである。中には、そもそも、独学で勉強しているだけのような人もいる。

 そうした者たちは、一般に「フリー声優」と呼ばれている。けれども、この呼び名には異論を唱える人も。

「ご存じの通り、若手・ベテランを問わず、あえてフリーを選択している声優さんもいらっしゃいますよね。どこの業界でも、フリーランスというのは、実績や実力を背景にして成り立つもの。
みんな『フリー声優』というけど『自称・声優』と呼ばないとオカシイですよ」

 そう話すのは、某事務所で数多くの声優を担当してきたBさん。Bさんによれば「自称」であっても、誰も聞いたこともないアプリの音声などの仕事を年に1回とかやっていたりするから、余計にたちが悪いという。

「そうした自称のやつらの最大の特徴は、名刺とかSNSの肩書に『声優・ナレーター』と書いていることでしょう。ナレーターなら原稿を読むだけだから、自分でもできると思っているんでしょうかねえ」(Bさん)

 しかも、世の中にはそうした夢見がちな者たちを食い物にするヤツらも。前出のAさんは、こう証言する。

「そうした『フリー声優』とか名乗ってる人々に、仕事をちらつかせてワークショップをやって稼いでいるヤツとかたくさんいますよ……」

 うーん、需要と供給のバランスが取れているようにも見える構図。
しかし、そもそも論として、そんなヤツらが事故的にプロの現場にやってきてしまうというのは、困った事態である……。
(文=特別取材班)