羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。



<今回の芸能人>
「(滝沢眞規子さんは)プロ意識が高い」佐田真由美
『ボクらの時代』(フジテレビ系、10月11日放送)

 職場であれ、プライベートであれ、女性同士の人間関係に“褒める”という行為は欠かせない。褒められてうれしくない人はいないし、褒める側も、「相手の美点に気づく」という美点を持っていると周囲から高評価を得る。

 が、褒め言葉にこそ、相手への真の評価や棘が潜むのではないかと思うことがある。その代表例が「プロ意識が高い」という表現ではないだろうか。

 10月11日放送の『ボクらの時代』(フジテレビ系)のゲストは、人気モデルである佐田真由美、清原亜希、滝沢眞規子である。子ども時代からモデルを始めキャリア35年の佐田、ミスセブンティーンコンテストを経て芸能界入り、アイドルとしては鳴かず飛ばずだったが、プロ野球選手清原和博と結婚後、「STORY」(光文社)の表紙モデルとなり、人気を博した清原に比べ、滝沢眞規子(以下、タキマキ)は「専業主婦で、3人の子ども、会社社長の夫とともに街を歩いていたとき、通りがかったライターに読者モデルとしてスカウトされ、その後、いきなり『VERY』(同)の表紙モデルに抜擢」と、よく言えば“シンデレラ”、悪く言えば“シロウト感”が漂う経歴の持ち主である。


 キャリア35年の佐田と、10代でアイドルとなってモデルに転向という“王道”を歩んできた清原にとって、タキマキの「30代でスカウトされる」という経歴は信じがたいもののようで、佐田は「主婦の神」「私もなれるんじゃないかと主婦に夢を与えた」と評し、「プロ意識が高い」と付け加えた。

 一見褒めているように思えるが、引っかかるのが“主婦”と“プロ意識”という言葉である。「VERY」の表紙モデルになりたいと切実に願うのは、主婦層よりもそれで生計を立てるプロのモデルだろう。にもかかわらず、佐田がタキマキを主婦くくりに入れるのは、彼女を“プロのモデル”ではなく、“主婦の中から選ばれたモデル”とみなしているからではないか。

 「プロ意識が高い」という言葉も、努力家を思わせる褒め言葉に思えるが、実はプロに対してあまり用いない表現である。なぜなら、プロが問われるのは意識ではなく、結果だからである。
プロ意識という言葉が使われやすいのは、子役など、本職と比べて半人前でも許される存在に対してである。芸歴35年の佐田から見ると、タキマキはプロと呼べる存在ではない、ということだろう。

 しかし、言葉というものは、受け取り手の判断に任せられている。タキマキが「ちょっと、そういうのやめて」と破顔したところを見ると、不快に思っていないようだ。「私なんて、スタイルがいいわけでもないのに、どうして選ばれたんだろう」とタキマキが漏らせば、清原に「顔じゃない?」と暗にスタイルが良くない発言を肯定されるが(佐田はノーコメント)、そこで気を回して自虐したり、不機嫌になったりしない。タキマキは、いい意味で鈍い人なのだろう。


 番組が朝7時という主婦が視聴しやすい時間であることから、清原が「イメージ上げるよ」とタキマキに課題を出す。タキマキはきちんと「撮影が近くなると、不安でたまらなくなる私に、主人が『大丈夫だよ』と声をかけてくれる」と、稼ぐだけでなく、妻に優しいダンナエピソードを披露するが、それと同時に鈍さも発揮する。

 それは、自身の結婚についてである。大学4年時に結婚という早すぎる決断について、タキマキは「主人は、社会に出た生意気な女の人が好きじゃなかったんだと思う」と述べていたが、社会人女性が生意気であるととられかねない発言は、タキマキの支持層の社会人経験のある女性と、仕事を持つ主婦を怒らせそうに感じられる。一歩間違えば、炎上にもつながりかねない発言は、タキマキ本人にも「VERY」にもマイナスだが、彼女の魅力とは、外見や夫が高収入というプロフィール(年商18億説あり)に加えて、この“鈍さ”であるように思えてならない。

 SNSの発達は、人に“見られる喜び”と“他人を謗る喜び”を同時に与えた。
特に有名人と言われる人にとって、SNSでの「フォロワー」「コメント」「いいね!」の数はタレントとしてのステイタスを示すものとなりつつある。称賛を増やし、けれど批判を抑えることは、「他人にどう見られるか」を考えることで、つまりは自意識過剰をたぎらすことになる。

 そして、有名人の動向に文句をつける一般人も、「自分がどう見られるか」を気にするあまり、「他人の様子が気になって、他人を捨て置けない」自意識過剰に陥っている。“褒められたい”有名人と“褒めたくない”一般人という、自意識対自意識の勝負で、真の勝者は、「あこがれられる条件を全て持ちながら、人にどう見られるかを気にしない鈍さ」を持つ人であり、そういう人こそが“自意識のオオモノ”なのである。タキマキは、まさにそれに当たると言えるのではないだろうか。

 カバーモデルに、シロウトでありながら華があり、かつ自意識のオオモノを持ってくる。
雑誌が売れないと嘆く出版人は多いが、そんな中「VERY」は突出した売り上げを誇るが、その秘密は編集部のこんな先見の明にあると言えるのではないだろうか。
(仁科友里)

※画像は『滝沢眞規子 MY BASIC』(光文社)