先日、長野に住む姉から「久しぶりに、ちんぼきりを見た」というメールがきた。

これは「ハサミムシ」のこと。
長年見かけていないし、存在も忘れていたが、思えば、子どもの頃はよく平気で口にしていたものだと呆れるほど、ひどい名前である。

しかし、気になって調べてみると、地域によって名前が少しずつ異なるらしいこと。いずれも「下ネタ」であること。さらに、この虫のひどい呼ばれようについて論文を書いている研究者がいることもわかった。

「ハサミムシの不名誉な俗称(Vulgar dialect names of earwigs used in Kansai Region, Japan)」を発表した大阪在住の「文化昆虫学」在野研究者・高田兼太さんである。
なぜそんな研究を? 高田さんに聞いた。


俗称研究のきっかけは父親の言葉


「幼い頃から虫が大好きな昆虫少年で、大学院で昆虫群生生態学の研究をしていたんですが、研究に行き詰まり、博士課程を中退しました。でも、社会人になっても研究したいという思いは捨てられず、かといって昆虫の生態リズムに合わせて社会人生活を送ることは難しく、そんなときに出合ったのがPCを使ってインターネット統計で論文を書く方法と、『文化昆虫学』という分野だったんです」

文化昆虫学とは、アメリカのHogue博士によって1980年代に提唱された比較的新しい学問で、人々に対する昆虫の影響や昆虫に対する人々の認識について調べる研究分野のこと。
高田さんはまず文化昆虫学の論文を読み漁り、体系を理解するところから始め、2010年に「文化甲虫学:甲虫の文化昆虫学概説」を発表。最初に取り組んだ研究は「インターネット統計を使った昆虫の知名度」で、圧倒的に多かったのは「カブトムシ」と「ホタル(ほたる)」だったという。

でも、そこからなぜ「ちんぼきり」の名前研究に?
「淀川の河川敷に昆虫採集に行ったところ、ハサミムシがいっぱいとれて。ワクワクしてぜひタッパで飼育してみたいと思い、興奮状態で帰宅して父親に『おやじ見ろよ! ハサミムシやぞ!』と言うと、『おう、ちんぽきりかー』と言うんです。びっくりして『何、それ!?』と聞くと『この虫の名前やないか』と。
ハサミムシを飼育することでワクワクしていたのに、それがぶっ飛ぶくらいの衝撃的な名前でした(笑)」
高田さんがSNSでこの話題をふってみると、「僕もそう呼んでました」などのコメントが寄せられ、さらに、インターネットアンケートを実施したところ、関西方面で下ネタ系の呼び名が多く確認されたという。
「ハサミムシの俗称は大きく分けて3パターンありまして。1つ目は『ちんぽきり』『ちんぽばさみ』などの“ちんぽ”系。2つ目は『便所虫』などの“便所”系。3つ目は『けつばさみ』『しりばさみ』などの“けつ系”です」

ハサミムシの俗称を分析


それにしても、なぜこんな名前がついたのか。高田さんは以下のような推論を語る。

「由来は、ハサミのかたちから想像されることと、ハサミムシがトイレ付近や立ちションをするようなジメジメしたところで見られることからではないかと思います」

しかし、あまりに衝撃的な俗称だが、そこには「好き」「嫌い」では語れない、複雑な感情があるのではないかと分析する。
「昆虫に向けられる目線には、美しい・神秘的・科学的・象徴的・否定的など様々なものがありますが、『ちんぽきり』はおそらく否定的に近いでしょう。もちろん好きではないけれど、かといってゴキブリのように嫌いというわけでもない。どこか愛着もあり、複雑な思いのある不思議な言葉だと思うんです」

ちなみに、タガメにも同様の下ネタ俗称があるが、こちらは全国的に存在するのに対し、ハサミムシは関西限定ではないかと高田さんは語る。
「あれ? でも、長野でも自分や身の回りの友人たちは普通に『ちんぼきり』と呼んでましたが?」と言うと……。
「ホンマですか!? 長野でも!? しかも、女性も!? それは貴重なデータですね。
ありがとうございます! ワクワクしてきました!」

現時点ではまだデータ数が少なく、かつ知人などの割合が高いことから偏りがあり、信ぴょう性が乏しいという「ハサミムシの俗称」の研究。今後、もっと大々的に調査を行い、論文を書く予定ということなので、「我が家でも」「僕も~」という方はぜひご協力を!
(田幸和歌子)


※リンク
・論文「ハサミムシの不名誉な俗称」(PDF)

・論文「はじめての文化昆虫学」(PDF)

・高田兼太の昆虫学研究室「たかだのひみつきち