この記事を書いているのは6月下旬なのだが、まさに梅雨真っ只中。こんなに雨降りが続く年も珍しいのではないか? 毎日が、鉛色の空。


そんな日々だからこそ、凝ってみたいのは雨具だ。たとえば、すでにファッションアイテムとして昇華した感のある長靴。文句なしに、オシャレだろう。

そして、この傘もオシャレ。神奈川県平塚市の「稲光産業」が開発したのは、“渦巻き傘”。
画像を見ていただきたい。
中心から伸びる傘の骨が、渦を巻くように伸びている。

こんな傘は、今までに一度も見たことがない。そこで、同社に開発のきっかけを伺ってみた。
「単純に、今までになかった傘を作りたかったんです。だって、可愛いでしょ(笑)?」(同社・担当者)
確かに、可愛いな……。

実に動機は単純だが、渦巻き状にすることで思わぬメリットも生まれた。
この傘、強風を受けて裏返ったとしても、すぐに元に戻すことができ、そして損傷しにくいらしいのだ。
渦巻き状だからこその利点は、もう1つある。
「この傘は左右対称ではないんですね。ということは、風が当たっても均等に流れません。結果、手でしっかり固定しなければ風車のようにクルクル回転するんです」(担当者)

同社が渦巻き状の骨組みで開発したかったのは、実は“傘”ではなく“パラソル”。「砂浜に刺さっているビーチパラソルが風を受け、クルクルと回ったら楽しいだろうな」というイメージが、まず第一にあった。

そこで渦巻き状の骨組みの構造を研究するため、普通の傘の大きさで試作品を製作。すると、これが何とも可愛い。そうして、同社は渦巻き骨組みの“傘”の商品化を考えるようになった。
「もちろん、パラソルでの商品化も将来的には考えております」(担当者)

しかし、渦巻き状の骨組みって、予想以上に難しいらしい……。なにしろ、“傘の本場”として200年以上の歴史を誇るヨーロッパでさえ、未だ誰も開発できていないのだ。
「傘の“親骨”と呼ぶんですが、真ん中から横に広がる長い方の骨がありますよね。
この骨が通常の傘と違い、開いた時と閉じた時では形状が大きく変化します。そんな傘だと、閉じることが理論的に不可能だったんです」(担当者)
開いた状態だと、骨は渦巻き状になっている。この形状が邪魔をして、閉じることができなかったのだ。しかし、これは先端の部分にゆとりを持たせることで解決。

もう一つの問題は、まさに渦巻き状になっている骨組みについて。こんな形の傘だと、開こうとするときに、骨が“上へ向かう力”と、もう一つ“横へ向かう力”も必要となる。

しかし、これも「生地の形」と「骨のたわみ」の組み合わせで、何とか対応してみせた。
「試作品は、本当に何本も作りました。大変でしたよ(笑)」(担当者)
通常の傘は、上下のみにカーブした“二次元の傘”と言えよう。一方、この傘は上下左右にカーブする“三次元の傘”なのである。

そんなこの“渦巻き傘”、現在は国内の某大手傘メーカーと商品化についての話を進めており、来年の春夏シーズンの販売を目指している。ちなみに、価格は未定。


実は商品化に関しても、今まで苦難の連続であった。理由は、手間の問題。
“渦巻き傘”の場合、通常の傘と比べて生地をカットするのに10倍の時間を要するという。なぜなら、左右非対称だから。そして、これを正確に縫い合わせなければならない。要するに、縫製に非常に時間がかかってしまうのだ。
「私が作るとしたら、丸一日かかってしまいます(笑)」(担当者)
だからこそ、量産に二の足を踏むメーカーも続出。実は、“渦巻き傘”の商品化について前向きに考えてくれたメーカーは、現在話を進めているメーカーが初だった。

「今まで沢山のメーカーがチャレンジするも、挫折してしまった傘です」(担当者)
まさに、世界初。五年間の苦労の末に辿り着いた、雨具界の新境地。

現在、中国に押され気味だという日本の傘業界。“渦巻き傘”が、その起死回生の一撃になればいいのだが。
(寺西ジャジューカ)